盗掘、オーバーユース、温暖化…|ネイチャーガイドに聞く、高尾山の豊かさと気候危機の影響②

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週末に気軽に登れる高尾山は都心から近く、年間270万人もの人が訪れます。標高600mに満たないながらも、1320種の植物、150種の野鳥が息づき、日本3大昆虫生息地でもある「自然の宝庫」としても知られています。しかし今、高尾山は2つの危機にあると言われています。それは、生物多様性の危機と気候変動(温暖化)の危機です。高尾山のネイチャーガイド坂田昌子さんにお話を聞きました。

語り手=坂田昌子、聞き手=岡山泰史、写真=新井二郎

ネイチャーガイドに聞く、高尾山の豊かさと気候危機の影響

急激に進む「地域絶滅」

高尾山本体だけで、30年ぐらい前の調査では植物の種数は1600種ぐらいありました。その後1500種に減り、今はさらに減って高尾山本体だけだと1320種と言われているんです。数が減った最も大きな原因は「盗掘」ですね。

人間が持っていってしまうのがもう・・・。たとえばミツバツツジ。きれいな、誰でも知ってるような種なんですけど、もう野生のミツバツツジは高尾山本体にはおそらく見られない。今あるのは、植えられたものだけになってしまっています。 やっぱり花が美しいものや希少なものを「自分の庭に」と持ち帰ってしまう登山者がいたり、野草やランを扱う事業者がお金のために盗掘するんですよね。

高尾の場合、気候変動のダメージはずっとあると思うんですが、さらに圏央道トンネルやオーバーユース、盗掘などの人為的なダメージが加わっています。気候変動がこれ以上激しくなると、もう最後のダメ押しみたいに影響があるんじゃないかという危機感はすごく強く持っています。

「カヤラン」という樹上に生息するランがあるんですけど、すごく減っています。木や岩につく「着生ラン」でちっちゃな花が咲くのですが、湿気たところが大好きで、木の上を流れる風に含まれる水分や養分を取り込む形で生きています。かつてはあちこちで見かけましたが、もう本当に見ることがないですね。わずかにあるのを見ると「おーっ」という感じになります。

カヤラン

カヤラン

そんな風に、前はよく見られたものが次々となくなっているのです。 「地域絶滅」というのですが、フクジュソウやオキナグサなど、かつてはあちこちにあったものが絶滅していると思います。もうフクジュソウは高尾では野生種はないはずで、もう何年も確認できない。オキナグサは、高尾山本体ではなく、裏高尾のバス通りの家の石垣から出てきてくれました。どこからかタネが風で運ばれてきたのか、今、3株分ぐらいで、そこでしか見たことないです。もうかなり厳しい・・・。わたしは相当の回数、山に入ってますけど、もう見かけることはないですね。

オキナグサは花が終わると髪を振り乱したような綿毛になるんですけど、ちょうどそのころに、たぶん登山者に、頭のとこだけちょんと切られて持って行かれてしまって・・・。このお家のばーちゃんがものすごく嘆いてました。持っていった人はタネが欲しかったんでしょうね。珍しいから・・・。生き物たちがなんとか生き延びようとしても、盗掘という形で人間がダメージを与えてしまう。野生のエビネとか、あっという間に、一瞬で消えます。持って行かれます。悲しいですよね・・・。おそらく他の地域もそうなんですよね。

エビネ
エビネ

温暖化で植物が消えていくわけ

気候変動は非常に重要な問題なんですが、複合的でいろんな関係があります。国際的な取り決めである「生物多様性条約」でも、生物多様性の損失の最も大きな影響は土地の改変であることが指摘され、続いて気候変動、さらに外来種が生物多様性危機の原因とされていますが、これが複雑に絡み合っています。

※編集部注:さらに汚染、資源の過剰利用を加えた5大要因が生物多様性の危機を引き起こしたとされる。

高尾は身近な山なだけに、常にあらゆる方面からのダメージを受けています。でも、高尾山自身は非常に生態系が強い山なので、踏ん張っています。高山や湿原のように種数が少ない生態系は、生物多様性のバランスがすごく簡単に崩れてしまう。盗掘や乱獲、シカ食害、豪雨などであっという間に崩れてしまいますよね。

でも、高尾山は種数が多いので生態系がとても強く、外来種も入りにくい。ある程度は植物種が減ってもなんとか山ががんばってきた。そこにまあ、甘えてというか、「まだまだいっぱいあるよ」と考えてしまっている。でも、これ以上野放しにすると、いよいよ「ティッピングポイント」(臨界点)を超えてしまうんじゃないかなと思います。

植物の生態系が狂ってくると、あらゆる生き物が影響を受けるわけです。植物たちは受粉してもらうために、自分に最もあったハチやチョウに合わせて形態や花が咲く時期を決めて、何千年、何万年という時間をかけて進化して、受粉が可能になった。だから花にチョウやハチが来ているわけですけれど、花が咲く時期に昆虫がいないとか、昆虫が蜜を集めようと思っても花が先に開いてしまって、もう終わっている。本来であれば必ずお互い会える時期を調整しながら「共進化」してきたのが、完全にずれていく。今年は特にそれを感じますね。

去年は尋常じゃない事態で、何日間も雨が降らなかった。都内で30℃を超えた日が64日連続でしたよね。高尾も都内よりは温度が低いとはいえ、ものすごく暑い日が延々と続いたわけです。そうすると、ヒノキとかいろんな植物が枯れ出したんです。旱害(かんがい)は、高尾ではまだ明確に出てないですけど、夏で雨が降らない日が30日以上、冬で40日雨が降らないと、いろんな植物が枯れ出すのです。

夏に、森の中の下草がしよっとしてる。どんなに暑い日でも元気に生えていたのが・・・。このまま放置しておくと、特に半日陰を好み、湿度を好むものから消えてしまうんじゃないかと思います。木が枯れて倒れたり、枝をどんどん落とすと、地面に強い日差しが入るんですね。日当たりがいいと、植物にとっていいんじゃないかと思ってる人が多いのですけど、ガンガンに日が当たるところは植物たちはあんまり好きじゃない。半日陰とかちょうど木漏れ日ぐらいの日が入るところが好きな植物の方が多いですね。

ガンガンに日が当たると、当然乾燥します。それで、乾燥に強いイネ科とかアザミの仲間とか、そういうものばかりが増えていく。適度な湿度や半日陰を好むような種は消えていくことに、今のままではなるんじゃないかと危惧しています。

温暖化による植物への影響が生態系全体に連鎖する

これからは特に、今まで高尾山ではなかった旱害のようなことが、起きていくんじゃないかな。乾燥して日当たりがよすぎるような環境が増えることで、連鎖的に被害が広がっていく可能性があります。そこが一番怖いですね。

シャガとかニリンソウ、それからネコノメソウの仲間が、高尾はものすごくたくさんあるんですが、ヤマネコノメをはじめハナネコノメ、ツルネコノメ、ヨゴレネコノメ、そういった半日陰、保湿、渓流沿いの冷たくしっとりしたところで春一番に出てくるものが減ってます。今はかろうじてまだあるんですけど、出てくる場所がやっぱり減ってるんです。ニリンソウがない日影沢とか考えられないですけど、でももう、実際に減っています。昔はもっとお花畑でした。

高尾山のニリンソウ
ニリンソウ

ニリンソウは、ニリンソウだけで咲いていることはないんです。ニリンソウのお花畑に見えても、そこにはコチャルメルソウがいて、上の方はアブラチャンの木が覆って、いろんなものと一緒にニリンソウが咲いている。その前にアズマイチゲとかキクザキイチゲが咲いて、ネコノメソウなんかと一緒にいて。あとはミミガタテンナンショウやウラシマソウのような、マムシグサの仲間がニリンソウの間からニョキッと出て、必ずいろんなものと一緒にいるんですよね。そういうエリアはどんどん狭くなって、分断されてしまっている気がします。分断しているというのは、連続して生えていたものが、ポツポツになっちゃうんですね。

その影響は、春が来るたびに感じます。皆さん「きれい」と言われて、たしかにきれいなんですけど、実際は「うーん・・・」って思うことがありますね。

昔から住んでいる私や、何年も前からずっと高尾山を知っている人間からしたら、やっぱり今の高尾山はかつてとは全然違うのを日々感じていると思いますね。

春夏秋冬すべてです。一年間通して温暖化の影響が見られます。夏はキツネノカミソリの花がすごく減って、フシグロセンノウもほぼ見つけられない。何株かは見つけていたんですけど、2019年の台風で流されちゃいました。そのときは小仏川が荒れて大変だったんですが、大きな岩についていたコケも、岸辺に咲いてたフシグロセンノウも全部流されちゃった。時間をかけて回復していくんですが、その自己回復力「レジリエンス」が落ちている。さらに、回復しない植物たちがいるのを感じます。

プロフィール

坂田昌子(さかた・まさこ)

明治大学文学部史学科卒業。環境NGO虔十の会代表、一般社団法人コモンフォレスト・ジャパン理事、生物多様性ネイチャーガイド。高尾山の自然環境保全を中心に、生物多様性を守り伝えるためネイチャーガイド、生物多様性をテーマにしたイベントやワークショップを主催。また生態系を読み解きながら行なう伝統的手法による環境改善ワークショップを全国各地で開催している。生物多様性条約COPや地球サミットなど国際会議にも継続的に参加する環境活動家。

岡山泰史(おかやま・やすし)

エコロジーや生物多様性、気候危機をテーマに執筆、編集。共著に『つながるいのち―生物多様性からのメッセージ』『あなたの暮らしが世界を変える―持続可能な未来がわかる絵本』、『「自然の恵み」の伝え方―生物多様性とメディア』。日本環境ジャーナリストの会理事。

山と温暖化

『山と溪谷』に連載中の「山と温暖化」と連動して、誌面に載せきれなかった内容やインタビューなどを紹介します。

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