自由な絵と文で山と周辺を表わす『山とあめ玉と絵具箱』
評者=猪山文章
明るい黄色の表紙には、やわらかな山なみの絵。長年、イラストレーターやグラフィックデザイナーとして活躍する川原真由美さん初めての単著が届いた。本誌ではヨーロッパアルプスや六甲山の記事でイラストを手がけてきたほか、山の雑誌などにも寄稿。山を始めて10年、待望の画文集である。
山は、川原さんが思いつくなかでいちばん気持ちのいい場所。制作の日々をいったん置き去り、心身をリセットさせてくれる貴重な存在だった。昨年、個展の制作で行き詰まりに。逃れたくて山行を重ね、山のことをやればいいのだ、と思い至ったという。こうして催された個展「山と地図となにか」をきっかけにうまれたのが、本書である。
絵はスケッチ、着彩、コラージュ、ルート線図などさまざま。ひと見開きの作品もあれば、文と重なったり、そっと寄り添ったりもしている。文もまた自由。長めの山行記に、掌編もある。このとりどりな作りは、川原さんをとりまく山や人びとの関係をも、物語っているように思う。
お話は近所の丘や残雪の奥穂などでのこと、下界や車中で思う山にも及ぶ。家族との森歩き、RCCのメンバーだった伯父の足跡。薬師沢の釣り人、広河原行きバスの車掌さんなど、出会った人へのまなざしは味わい深い。友人や先輩も、川原さんの山を彩っていく。
「山のたのしみは人によって違うので、一緒に歩いてその人を知るのも、おもしろいものです」。読み終えて、山をご一緒させていただいた気分である。あめ玉と小ぶりの手帖とペン、そして絵具箱を携えた川原さんの横顔を知るとともに、あらためて山の多様さを思った。
(山と溪谷2020年11月号より転載)
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