岩稜を越えてあの頂へ。スカルパの登山靴「ゾディアックテックGTX」で登る西穂高岳

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

多様化する登山スタイルに合わせて、登山靴もさまざまな進化を遂げている。イタリアの老舗ブランド「スカルパ」の新作「ゾディアックテックGTX」を履いて、西穂高岳の岩稜に挑戦した。

文=中島英摩、写真=田渕睦深、協力=ロストアロー

新作マウンテンシューズでめざす、西穂高岳

7月初旬。梅雨まっただなか。天気予報とのにらみ合いは登山前の儀式のようなものだ。来い来い、晴れよ来い! 雨乞いならぬ日照り乞いの甲斐あってか、予報に太陽のマークが並び始めた。晴れ間を願って、めざすは西穂高岳。新穂高ロープウェイが工事運休で、上高地からアプローチすることになった。3年前に東京から長野県松本市に住まいを移した私にとって、北アルプスはアクセス抜群で、夏山取材の「通勤」は快適だ。けれど身近になると、つい、いつでも行けると思ってしまう。西穂高岳も登頂していないままだ。

トレイルランニングもする私は、ハイキングシューズかトレイルランニングシューズで山を駆け回ることが多い。でも、そろそろ縦走向けにちゃんとした登山靴も欲しいなと思っていたところに、今回の取材の話が飛び込んできた。今回体験する登山靴は、今シーズン新しく発売となったスカルパのマウンテンブーツ「ゾディアックテックGTX」。岩場や岩稜を含む登山向きの3シーズンタイプで、機能のわりに比較的安価。わたしにうってつけじゃないか!

西穂へは山岳ガイドの杉原一樹さんが案内してくださることになった。杉原さんも今回初めてゾディアックテックGTXを試すそうだ。正直なところ、登山靴の良し悪しや細かな違いを批評する自信がないこともあり、これまで何足もの登山靴を履いてきたプロフェッショナルの声を聞けるのは興味深い。

杉原一樹/中島英摩
Profile 
山岳ガイド 杉原一樹(右)
すぎはら・かずき/1991年生まれ。新潟県出身、長野県安曇野市在住。高校山岳部で本格的に登山を開始し、東海大学山岳部で雪山とクライミングを学ぶ。ネパールヒマラヤ、ヨーロッパアルプス、ヨセミテなどへの遠征経験あり。高山帯での生物環境調査にも従事し、特にライチョウの生態に精通している。
ライター 中島英摩(左)
なかじま・えま/学生時代に運動経験なし、OL時代に城や神社仏閣巡りが好きで、たまたま訪れた出羽三山で月山の美しさに感動。次第にハイキングや体力作りのランニングが行き過ぎて、会社を辞めてアウトドアライターに転身。国内外のロングトレイルや長距離トレイルランニングレースにも出走する。

さまざまな足型にもフィットする、軽快で柔らかな履き心地

沢渡駐車場からタクシーに乗り込み、帝国ホテル前で下車する。泥色に濁り、轟々と音を立てて荒ぶる梓川にギョッとしながら田代橋を過ぎ、登山道に踏み入る。連日の雨で登山道にも水が流れていた。西穂山荘までは4時間弱。その大半が急峻で結構タフなコースだ。杉原さんの絶妙な速度にくっついて歩いていると、不思議と息が上がらない。

西穂山荘までの登山道
ひたすらしゃべり続ける私に、聞き上手の杉原さんがこれまたちょうどいい塩梅で相槌を打ってくれる

半分ほど登ったあたりで宝水と書いてある看板が出てきた。登山道から左に少し外れて降りたところに水が流れている。ボトルにドボドボと注ぐ。フタをせず、そのままグビっとひとくち。うまい! 汗だくの身体に冷たい山の恵みがしみた。

かれこれ3時間半余り、急登を登り切った先の木道の隙間から遠慮がちにコミヤマカタバミが咲いていた。花と共に自分の足元も目に入り、そういえばいつも通りに歩いていたことに気づく。

登山靴というと、履いたことのない人にとってはどんなイメージだろう? 重い、硬い、窮屈、そんなところだろうか。日常で履く靴とはあまりにも違う。少し歩いただけでも疲れる、ローカットシューズに慣れた私も、少なからずそんな偏見を持っていた。でも今日は違和感がない。

スカルパ/ゾディアックテックGTX
木道が終わるころ、目の前には高山植物のお花畑が現われた。ハクサンイチゲやミヤマキンバイがちょうど満開だった
西穂山荘
きょうの宿は西穂山荘

西穂山荘に着くと、ロープウェイ運休中だからか登山者は片手で数えられるほど。もう入れますよ、と案内していただいた。部屋で靴下を脱いでみる。登山靴でかかとに靴擦れができることが多いが、特にトラブルなし。カメラマンの田渕睦深さんもゾディアックテックGTXを履いていて、「全然疲れないよね!すごいよね!」と2人で盛り上がった。私は足幅が狭くて、ワイドな靴では中で足が動いて擦れたり爪が潰れたりする。でも、これはゆとりがあるのに足がピタッと包まれていてズレない。逆に田渕さんは足幅が広めだけど、心地いいという。つまり紐の絞め方次第で、それぞれの足にフィットしている。Sock-Fitという構造で、その名の通りソックス(靴下)のような履き心地を追求しているというから納得だ。

夕飯後に、丸山手前で笠ヶ岳に沈む夕陽を見ることができた。みんなで淡く染まる空をぼーっと見つめていると、「好きなんですよ、山。山が楽しい。だから仕事も楽しいし、仕事が好きなんですよね」と杉原さんがつぶやいた。

スカルパ/ゾディアックテックGTX
夕日を見ようと、山荘のそばの岩場に出てみた
笠ヶ岳に沈む夕陽
笠ヶ岳に沈む夕陽。マジックアワーの美しさは何度山に登って見ても飽きない
満天の星
夜も満天の星で、天気予報はとびきりよいほうに裏切られた

適材適所の道具選び。岩場で実力を発揮するマウンテンシューズ

目覚ましが鳴る前に目が覚めた。田渕さんはすでに外へ撮影に出ていた。ヘッドランプを点けて丸山へ向かうと、テント泊の人達が山頂をめざす姿が山肌に小さく見えた。ゆっくりと夜が明けていく空は、疑いようもない取材日和を示している。朝食をかっ込んで身支度を整えたら、いよいよ初めての西穂高岳をめざす。

西穂山荘から西穂高岳をめざす
これから歩く道筋が見える。登山で一番好きな景色かもしれない
朝陽に染まる朝靄
杉原さんは、朝陽に染まる朝靄の中にいるときが好きなのだそう

「お客さんからどんな登山靴を買えばいいか相談されたら、なんと答えるんですか?安い買い物ではないし、何足も買えないですよね」

杉原さんに聞いてみた。

「どこに行きたいのか、どんな山行がしたいのか、まずはそれを聞きます。どんな山登りがしたいのかによって選ぶ靴は変わりますよね。低山ハイキングだけならマウンテンシューズはハイスペック過ぎます。でも北アルプスの岩場のある登山道を歩いてピークハントがしたいなら、オールマイティに使えるゾディアックテックGTXはちょうどよいと思いますよ」

口数は多くない杉原さんだが、なにを聞いてもズバッと刺さる回答が返ってくる。そうだ、行く場所に応じて適切な道具が必要で、用途を理解して道具を選ぶべきだ。

花や景色に見惚れながら歩いていると、あっという間に独標に到着。独標からはピラミッドピーク、チャンピオンピークと空に突き上げる岩峰を経て山頂をめざすことになる。

ハクサンイチゲ
岩の合間から元気に顔を出すハクサンイチゲ
独標
いざ独標に立ってみると、そこから先は一段階レベルが上がるのが目視でもわかる

「岩場での正しく安全な歩き方を教えてもらえませんか?」

樹林帯やなだらかな稜線はなんとなくでも歩けてしまったが、今さらながら、あらためてマウンテンシューズの性能を生かした歩き方、岩場の注意点を杉原さんに教わる。

登山靴の構造や特徴を理解した上で歩き方を学ぶ
まずは登山靴の構造や特徴を理解した上で歩き方を学ぶ
靴をひっくり返してソールを見てみる
靴をひっくり返してソールを見てみると、爪先あたりに溝がないことがわかる。これを「クライミングゾーン」と呼ぶ

「岩場では基本的に、靴底全体で着地するのではなく、爪先から母指球までの前足部を使います。ゾディアックテックGTXは、爪先のクライミングゾーンが広いのが特徴ですね。岩とソールの設置面積が多くなり、岩との摩擦がしっかり得られて滑りにくくなります」

と杉原さん。

「大事なのは、手を置く場所よりも、まずは足を置く場所、置き方です。初心者はかかとが上がりがち。かかとを下げないと爪先のグリップが効かないんです」

独標から下りの一歩目をのぞき込む
独標から下りの一歩目をのぞき込む。いきなり切り立った下りに見えるが、教わったことを意識しながら丁寧に一歩一歩下り始める

そしてまた登る、下る、登る。よい具合にアップダウンを繰り返すので、その度にかかとをしっかり下げてみたり、あえて細かいフットホールドを選んでみたりして、靴を信じて立ち込む感覚を覚えていく。登山靴で岩場を登るときは爪先で立ち込むことは知っていたものの、クライミングゾーンのフリクションをちゃんと意識できていなかったと実感する。実践してみると、足を置いたときの安定感がまるで違い、快適そのもの。今まで歩いてきた岩稜も、これを履いてもう一度歩いてみたい。

スカルパ/ゾディアックテックGTX
ハイキングシューズやトレイルランニングシューズは爪先やソールが柔らかく、立ち込むような登り方はできない

「ゾディアックテックGTXは、グリップ力もほかより粘りがあっていいですね」。

数多くの難所をさまざまな登山靴で登ってきた杉原さんが言うんだから説得力は抜群だ。確かに岩をしっかり捉えてくれる。

西穂高岳をめざす
ハイキングシューズではグリップ力が心許ない時も少なくない。これまでは手に頼っていたかもしれない
西穂高岳をめざす
初日の樹林帯ではまだこのブーツのよさは充分に感じられていなかったようだ。岩場になると、本領を発揮する

山頂手前の最後の直登も難なくクリア。山頂の眺望は、ジャンダルムに奥穂高岳、槍ヶ岳、双六岳、さらに奥には黒部源流の山々まで、そうそうたる顔ぶれが並んでいた。

名残惜しいけれど、日本海側からいよいよ雲がわいてきて、晴れているうちに足早に下りた。最高の始まりだ。新しい相棒にも出会えたし、これは今年もいい夏山シーズンになるぞ。

ライチョウの親子
ライチョウの調査も行なう杉原さん。「この辺りにいそうですね」と口笛で呼ぶと、ライチョウの親子を発見。すごい!
岩稜を歩く
教わりながら歩くと、岩稜がとても歩きやすかった

安心感を生み出す設計

スカルパ/ゾディアックテックGTX

包み込むようなフィット感をもたらすアッパーのレザーは、しなやかで見た目も上品な印象だ。杉原ガイドいわく「シューレースの締め上げが苦手な人が多い」そうだが、焦らず丁寧に締めていくと、しっかりとフィットする。それでいて足首周りが固定されすぎる不自由さはなく、安定感がありつつもフレキシブルで軽快に歩ける。登山靴の内側が当たって痛いという人や、かかとが浮いてしまって靴擦れができるという人がいれば、ぜひ試してみてほしい。

スカルパ/ゾディアックテックGTX
スカルパ/ゾディアックテックGTX
履き口のかかと側は伸縮性のある素材で、足が入れやすく当たりも少ない

柔らかな履き心地で、硬くて重厚感がある登山靴のイメージが変わった。履き口は、小石や枝、雪が入り込むのを防ぐ構造になっているため、途中で脱いで履き直すようなシチュエーションもなかった。

スカルパ/ゾディアックテックGTX
広いクライミングゾーンは岩との摩擦を生み、滑りにくくなっている

杉原ガイドが絶賛していたクライミングゾーンの広さとアウトソールのグリップ力は、安心感を生み出し、岩陵での歩きやすさに大きく貢献してくれる。また、当たり前のことながらハイキングシューズやトレランシューズとは違って、フレックス性(屈曲性)は硬めで爪先に力を入れやすく、岩場での安定性は言うまでもない。

スカルパ/ゾディアックテックGTX
細かいフットホールドにも爪先に重心をかけて立ち込みやすい
スカルパ/ゾディアックテックGTX
地面の凸凹に合わせてミッドソールが変形し歩行を安定させるBASシステムを搭載

誤解を恐れず言うと、多少歩き慣れていなくても岩場の歩きをフォローしてくれる感覚があった。なおかつ軽くてスマートだからか、私はブーツというよりもシューズに近い印象だ。もちろん正しい歩き方を身につけるのがベストだけれど、誰もが最初は何だって「はじめて」からスタートするもの。手持ちのシューズや登山靴をアップデートしたい人、そしてこれからアルプスの岩場のあるルートも楽しみたいという人にもおすすめしたい。

スカルパ/ゾディアックテックGTX
スカルパ/ゾディアックテックGTX
セミワンタッチクランポンにも対応しているので、残雪期や冬の低山でも活躍する

スカルパ
ゾディアックテックGTX

スカルパ/ゾディアックテックGTX
サイズ 40~48(25.5~32cm相当)
ライニング GORE-TEX Performance Comfort
ソール VIBRAM®ABS Precision Cramp(セミワンタッチクランポン対応)
素材 ペルワンガー耐水スエード1.6〜1.8mm/ファブリック
重量 680g(#42、1/2ペア)
価格 45,650円(税込)
詳細を見る

スカルパ
ゾディアックテックGTX WMN

スカルパ/ゾディアックテックGTX WMN
サイズ 37~42(23~27cm相当)
ライニング GORE-TEX Performance Comfort
ソール VIBRAM®ABS Precision Cramp(セミワンタッチクランポン対応)
素材 ペルワンガー耐水スエード1.6〜1.8mm/ファブリック
重量 570g(#38、1/2ペア)
価格 45,650円(税込)
詳細を見る

問合せ先

ロストアロー
https://www.lostarrow.co.jp/store/