能登半島の寺院を結ぶ“禅の古道”、歴史古道の「峨山道」。保全&整備も万全に、ハイカーとランナーの来訪を待つ

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深い歴史に刻まれた「歴史古道」が日本各地に存在する。その1つとして今回紹介するのが「峨山道」。能登半島の西部を縦断するこのトレイルは、700年前に、峨山禅師が朝の読経のために、13里も離れた2つの寺を往復するために刻まれた道だという。6年前から始まった「峨山道トレイルラン」のコースとして整備も行き届き、ランナーのみならずハイカーの来訪を迎えようとしている。

写真提供=渡辺寛大さん、文・写真=松田珠子

 

元々設置されていた「峨山道」の標識に加えて、今回400箇所もの誘導看板が新設された


「峨山道」というトレイルをご存じだろうか。石川県の能登半島に位置する、永光寺(ようこうじ・羽咋市)と總持寺租院(そうじじそいん・輪島市)を結ぶ約13里(52km)の歴史古道だ。

總持寺祖院と永光寺の住職を兼ねた曹洞宗の礎を築いた總持寺第二代の峨山禅師が、約700年前、1340年頃に往来していたといわれる道で、“禅の古道”とも呼ばれている。峨山禅師は、毎朝未明、永光寺の朝課を勤めたあと、13里(約52㎞)の山道を駆け抜け、總持寺の朝の読経に間に合わせたという言い伝えが残っている。

なお、詳しい位置関係やトレイルマップについては、ホームページも参考にしていただきたい。


この歴史ある古道を後世に引き継ぐため、地元では草刈りや道の補修、案内板の設置など積極的に整備。峨山禅師没後650年の節目となる2015年には、この伝説の古道を舞台にしたレース「峨山道トレイルラン」を開催し、知名度アップと保全・整備を、輪島市、羽咋市および地元有志が中心となって進めてきた。

そんな中、2020年秋に開催予定だった第6回大会は、新型コロナウィルス感染拡大の影響により延期となった。それでも、来年の開催につなげる意味合いと、歴史古道保全の目的のため、大会関係者と有志など、のべ150人ほどのボランティアが集まり、草刈りや道の補修などのコース整備と、往路・復路あわせて約400枚の誘導看板設置を行った。

また、10月3~4日には、大会アドバイザーの円井基史さんの呼びかけで、有志ランナーによるFKT()も行われ、15名のランナーが永光寺をスタートし、補給などの外部サポートを受けないセルフサポートのルールで、起伏に富んだ古道の走破に挑む試みも開催。さらに、恒例の峨山道を歩くイベント「峨山道巡行」も開催され、秋の峨山道を堪能した。

FKTとは「Fastest Known Time」の略称で、特定のトレイルコースを走りGPSデータなどをもとに、Webサイト上などで最速タイムを競うアクティビティのこと。

峨山道の起点となる永光寺(ようこうじ)には、FKT参加の有志15人が集った

 

能登の田園風景と里山、歴史と風土が織りなす景色

前述したように、「峨山道」は、峨山禅師が總持寺と永光寺の住職を兼任した20余年、毎日往来したと言われる、文字通り“伝説”の古道だ。

書籍「峨山韶碩禅師」(荒木剛編、昭和45年)にて、以下のような禅師にまつわる記述がある。「總持寺では今でも毎朝粥了諷経と称し大悲心院羅尼を拍手を延して読む『大しん読』という読み方が行われている。この両寺の距離は十三、四里(五二キロ余)の道を駆けて来られ、着院と同時に読経が始められたため漸く呼吸を調整するためこうした独特の読み方が行われている。しかしこうした伝説が今なお存するということは禅師が行持綿密で、いかに堅固なる道心と健全なる体力の持主であったということを物語ものであろう」


平地部を通るトレイルは、美しい田園や歴史や風土を感じられる風景が続く


峨山道の特徴と魅力について、トレイルラン大会のアドバイザーである円井さんは次のように説明する。

「まず永光寺周辺のトレイルの雰囲気が良い。大会では、永光寺の回廊がコースの一部となっていますが、これは他のトレイルレースではあまりない雰囲気です。邑知潟(おうちがた)を越えた先の眉丈(びじょう)山中は鉄塔巡視路となるので起伏の激しい細かい上り下りがありますが、新緑や紅葉が美しい場所です。
後半は緩やかな傾斜のロードや林道が多く、水田と里山が景色を織りなしています。
終盤の峨山(がさん)から總持寺の間は、柔らかい不整地のようなダウンヒルを楽しめる。総持寺周辺は、高尾三十三観音や名水百選・古和秀水(こわしゅうど)を含め、歴史や風土を感じられ、ハイカーの方も楽しめるコースだと思います」


適度な起伏と整備された山岳地帯のトレイルは、ランナーにとっても魅力的なロングトレイルとなっている


そんな魅力あるコースの今回のイベントに、東京から参加したのは播磨幸代さん。播磨さんは2019年の峨山道トレイルラン大会の出場者で、このコースの魅力に取りつかれた一人だ。国内外でのトレイルレースへの参加経験がある播磨さんは、峨山道について「昨年、レースコンセプトに惹かれ参加しましたが、おもてなしとコースの良さに感動しました」と語る。

そして「ほかのトレイルでは味わえないほどのフカフカの極上トレイルが魅力です。トレイルをつなぐロードもノスタルジックで、人工的なものがほぼない郷愁漂う風景が印象に残っています」と、コースの魅力を続ける。

今回は總持寺をゴールとする片道コースを無事完走し、「来年も公式非公式関係なく来たい」と再来を誓った。

峨山道の往復『峨山往来』(143㎞)のFKTには3名が挑んだ。円井さんと小島路生さんの2名が完走。トップで永光寺に戻ってきた小島さんは、「長かったー」と両手を掲げてフィニッシュ。タイムは21時間55分だった。

「戻って来られて嬉しい。距離は昨年(レース)の2倍だけど、満足感は何十倍もある」と充実の表情を見せた。「やわらかく走りやすいトレイル。能登の田園風景も綺麗で印象的。地元のおばあちゃんが、たくさん応援してくれて嬉しかった」と笑顔で振り返った。

トレイルの起点/終点となる總持寺祖院(写真左)/往復(143km)コースを完走した大会アドバイザーの円井さんと小島さん(右)。前日4時からほぼノンストップで走り続け、深夜2時に永光寺にゴールした(写真右)


また、毎年恒例で行われている峨山道を歩くイベント「峨山道巡行」には60名ほどの参加者が集まった。例年は2日間、県内外からの参加者を集めているイベントだが、今年は1日に短縮し、参加者も県内在住者に限定しての実施。それでも、バス移動を挟みながら、秋の峨山道を11kmほど歩き、その魅力を楽しんだ。

峨山禅師が草鞋(わらじ)で往来したという伝説にちなみ、ランニング用のサンダルで挑んだ人もいた


今回設置されたコースの誘導看板は、当面は設置されたままにされている。そのため、紅葉シーズンとも重なる今は、ハイキングにもトレイルランにも、訪れるには良い季節だ。コース整備、誘導看板設置などの指揮をとった、大会実行委員会の川端雅博さん(輪島市禅の里づくり推進室)は「看板は、両方向から分かるように設置していますので、ご自身の時間や脚力に応じて、好きな場所からスタートすることができます。ぜひ多くの方に来てほしい」と語る。

そして、「コースの整備こそが皆様への最大の“おもてなし”。事故のないように(案内板を)設置したつもりです。壮大な景色や見晴らしはありませんが、気持ちよく歩いて/走っていただけるコースと、皆さんの訪問を心待ちしている沿道のおじいちゃん、おばあちゃんたちの心のおもてなしを楽しみに、足を運んでほしい。そして峨山禅師の歩み(走り)に思いを馳せていただければと思います」と語った。

なお、コース図はホームページからダウンロードできる。ただし、コースは一部を除いて可猟地域で、11月15日からは狩猟期間となり、さらにその後は野鳥の営巣期となる。事故防止と自然保護の観点から、11月15日以降のコースの利用については控えてほしいとのこと。また、コースの一部は携帯電話が繋がらないエリアがあるため、安全上、事前にご契約の携帯電話会社のホームページなどで確認したい。

 

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