気象学者・江守正多さんに聞く。 2050年脱炭素への道と『ドローダウン』[1] 温暖化対策に愛着がわいてくる本

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毎年のように豪雨災害をもたらし、「待った無し」の地球温暖化対策。2050年までの脱炭素に向けて、具体的には何をすべきで、どう進めて行けば良いのでしょうか? 風力発電やソーラー発電に留まらない100の効果的で実現可能な方法を紹介した本がいま、注目を集めています。『ドローダウン』(山と溪谷社)の監訳者で、国立環境研究所・地球システム領域 副領域長の江守正多さんにお話を伺いました。

文=岡山泰史(山と溪谷社)

 

 

江守正多(えもり・せいた)
国立環境研究所・地球システム領域 副領域長。専門は地球温暖化の将来予測とリスク論。IPCC第5次・第6次評価報告書の主執筆者。著書に『地球温暖化の予測は「正しい」か?』、『異常気象と人類の選択』ほか。

 

読めば温暖化対策に愛着がわいてくる本とは?

編集岡山:政府が2050年までの脱炭素を宣言した直後に出版された『ドローダウン 地球温暖化を逆転させ る100の方法』が、いま注目を集めています。この本の著者、ポール・ホーケンさんは、『自然資本の経済』の共著者で、研究所を立ち上げ、研究チームをまとめる仕事もしていますが、エコビジネスという実業から入られて、環境と経済をどう両立させるかを長年実践してきた方です。『ドローダウン』は、そのポールさんが私財を投じ、世界中のコネクションを使って本書のテーマである「温室効果ガスを減らす方法」を科学的に検証するためのプロジェクトチームを立ち上げ、その研究成果をまとめたというユニークな出自の本です。

江守:はい。

岡山:温暖化に関わる本といえば、2006年のアル・ゴアさんの『不都合な真実』から始まって、最近ではナオミ・クラインさんの『地球が燃えている』、斎藤幸平さんの『人新世の「資本論」』、江守さんが解説も寄稿されている『地球に住めなくなる日』など、2020年に立て続けに関連本が出版されて、『ドローダウン』もその流れの一つであったかと思います。この『ドローダウン』は、他の本とどのような違いがあるのでしょうか?

江守:そうですね。その前に、このタイミングで翻訳を日本で出せたことの意味があるような気がしていまして。去年の10月に菅総理が日本は2050年に脱炭素を目指すと宣言をされて、ビジネスを中心に、一気に日本社会も脱炭素になってきたんですよね。少し前だったら
「そんなこと本当にやるんですか?」
「それは理想論でしょ」
と思っていた人が多いと思うのですが、政府も本気でやると言い出した。
「どうやってやるんだ?」と言われたときに、「こうやったらできますよ」と書いてある本が少なくとも1冊あると。そういうタイミングで日本語版が出せたというのがとても素晴らしいことだと思います。

岡山:それは本当にタイミングでして、原著が出たのが2017年、それから時間がかかったんですよね。機運がちょうど高まったタイミングだったことは幸いだったかなと思います。

改良型調理コンロを普及させることで、CO2を約16ギガトン削減できるという。『ドローダウン』 P93より(Manpreet Romana for the Global Alliance for Clean Cookstoves)

江守:それで、この本の特徴ですけど、地球温暖化の対策が100書いてあるわけですよね。

岡山:はい。

江守:しかもランキングになっていて、コストと効果、さらにそこから生まれる利益が書いてあるわけで、これはある意味、非常にアメリカ的なのかなという気がしました。プラグマティズムというか、思想信条によらず、「こうやればできる、じゃあやればいいじゃないか」と。

いまアメリカは分断化が深刻になっていると言われ、保守とリベラル、政党でいうと共和党と民主党で支持者は大きく考え方が違うわけですよね。そのようにいろんな考え方の人がいるなかで、どうすれば前に進めていけるかを考えたときに、「もう方法はあるよ」と。

しかも、あなたが気候変動を信じていようがいまいが、こうやればできるし、しかもモノによってはそれで「今よりもずっと得をするよ」ということを具体的に示すという手法なんですよね。

岡山:プラグマティズム、現実主義というか。

江守:そうですね。そういう考え方が背景にあるんじゃないかと想像しました。
それで、対策をただ100並べるだけであれば研究所の報告書で書けたかもしれないけれど、この本がこれだけ分厚いのは、一つ一つの対策についてのストーリーが非常におもしろく、深く書いてあるということじゃないかと。

そもそもこの技術はどういうところから始まったか、今はこうやって使っているところがある、こういう限界もあるけれどこうやったら克服できるとか。非常に深い語られ方が個々の対策についてされている。これが、ポール・ホーケンさんのすごいところかもしれないなと思いました。

岡山:研究者が書く書き方と違い、ストーリーテラーとしての視座の深さ、読み物としてのおもしろさにつながっていますね。

江守:そうですね。写真もとてもいいですよね。

岡山:ポール・ホーケンさん自身が選んだそうです。

江守:個々の対策について読んでいると、非常に想像力が膨らむし、一つ一つの対策に愛着がわくような、そういう書かれ方がしている気がします。

林間放牧によりCO2は31ギガトン削減できるという。『ドローダウン』 P104より(ALAMY STOCK PHOTO)

 

温暖化が止まるという「希望」

岡山:確かに、温暖化がまったく止まる気配がなく、悲観論や、諦観したり無関心だったりに陥りがちななかで、ドローダウンには希望が持てる。CO2濃度のピークオフは実現可能であるというのがこの本の主張しているところですが、この本を読むことによって読者が得られるのは「実現可能な希望」と言ってもいいでしょうか?

江守:そうですね。
「気候変動がたいへんなんで、対策をやりましょう」と言ったときに、日本では特にそうなんですけど、負担をしなければならない、エネルギー代が高くなるとか、エアコンを我慢しなければならないんじゃないかとか、そういう発想にどうしてもなりがちで、
「我慢して負担して、しょうがないからやりましょう」という発想になりがちなんですよね。

でも個々の対策について、この本のような語られ方をすると、何かやってみたくなる感じがするんじゃないかと思うんです。

農業なんか特に、「そういう農業があるなら素晴らしいな」という感じがしながら読んだところが多かったんですが。すごく前向きに取り組みたくなるような形で対策が語られていると。それが単に「こうすればいいですよ」という希望だけでなく、みんながやりたくてしょうがなくなるので、そうやっているときっと温暖化が止まるんじゃないかと、そう思わせるところが希望なんじゃないかと思いますね。

高層の木造建築は炭素固定、短工期、CO2排出抑制といった点から大きな期待が寄せられている。『ドローダウン』 P378より(Big Wood © Michael Charters. eVolo Magazine)

岡山:僕は個人的には建物のところが印象的で、建物内でネットゼロを実現するだけでなく、食料や水まで循環させたりしながら環境にポジティブな影響をもたらすという、まだ実験的なところまで含めてワクワクしました。もしそういうところがあったら住んでみたいし、そこで働いてみたいと思いました。
それぞれに希望をもたらしてくれるテーマが多様に用意されているのが特徴ですね。

江守:そうですね。それが単にワクワクするだけで夢のような話ではなくて、現状ではそんなに拡がっていかないのはどういう課題があるか、ということに関しても情報として書き込まれているところがさらにいいんじゃないかと思います。

岡山:本当にそうですね。江守さんはIPCCの第5次評価報告書の主筆のお一人で、海面上昇、氷床消失、海洋の酸性化などの危機を科学的に伝えられています。『ドローダウン』はそういった科学的知見をベースに書かれているわけですが、その報告書と『ドローダウン』の意義や意味をあえて捉え直してみると、どうなりますか?

江守:IPCCの報告書というのは、第1から第3まで作業部会があって、僕が執筆に参加しているのは第1作業部会「科学的な基礎」で、温暖化は人間のせいかとか、将来気温がどれぐらい上がるかとか書いてあるんです。第2作業部会は「影響・適応・脆弱性」といって、温暖化が進むとどういうことが起こるか、すでに何が起きているか、それに対して社会はどのように適応すべきか。むしろ温暖化で起こることを前提にした防災や農業などの対応です。

第3作業部会は「緩和策」といって『ドローダウン』のテーマに直接対応しているところなんですが、そこでは温室効果ガスの排出を減らすためにどういう対策をどれぐらいやって、どういう制度が必要かが書いてあるんですよ。

岡山:なるほど。

江守:ある意味でいうと、ドローダウンは第3作業部会の報告内容とある程度同様のテーマを扱っていて、補完的になっているかもしれません。

実は、作業部会横断の特別報告書が何冊か出ていて、IPCCの土地に関する特別報告書『Special Report on Climate Change and Land』というのがあり、そこにかなり農業の対策が書いてあるんですよね。そこに書かれていることはけっこう『ドローダウン』に書かれていることと重なる部分があるんじゃないかと感じています。もしかしたらこの本がIPCCに影響を与えているのかもしれません。

岡山:おもしろいですね。お互い良い影響を与えあっているということかもしれませんね。
『ドローダウン』のように、具体的なコストとベネフィットについても報告書では言及があるんですか?

江守:対策の技術を想定してシナリオを描き、技術を導入すると何ギガトン減るという提示をしているという意味では似ていますね。ただし、IPCCはたくさんある研究を束ねて、全体として何が言えるかという評価で書かれるので、そこは表現の仕方が変わってくると思います。

 

『DRAWDOWNドローダウン― 地球温暖化を逆転させる100の方法』

世界をリードする科学者と政策立案者の綿密な調査に基づく、地球温暖化を逆転させる最も確実な100の解決策


『DRAWDOWNドローダウン― 地球温暖化を逆転させる100の方法』
著: ポール・ホーケン
監訳: 江守正多
訳: 東出顕子
発売日:2020年12月19日
価格:3080円(税込)
仕様:A5判432ページ
詳細URL:https://www.yamakei.co.jp/products/2820310430.html

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【著者略歴】
ポール・ホーケン(Pawl Hawken)
アメリカの環境保護活動家、起業家、作家、活動家。 複数の環境ビジネスを立ち上げ、自然資本研究所(NCI)を設立し、生活システム、経済開発、産業生態学、環境政策に関する執筆や提言を積極的に行なってきた。 また、社会的責任ある企業を紹介するテレビ番組の制作とホストを務め、115か国、1億人以上に放送された。 2014年、地球温暖化を逆転させる方法を調査する非営利団体Project Drawdownを設立。 主な著書に『ネクスト・エコノミー―情報経済の時代』(TBSブリタニカ)、『ビジネスを育てる』『祝福を受けた不安―サステナビリティ革命の可能性』(バジリコ)、『自然資本の経済―「成長の限界」を突破する新産業革命』(日本経済新聞出版)がある。 

プロフィール

江守正多

国立環境研究所・地球システム領域 副領域長。地球環境、特に地球温暖化・気候変動の研究グループに所属。気候変動の将来予測、気温が何度上がるか、大雨がどう増えるかといったリスクをコンピュータシミュレーションで予測する分野の研究を主に、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第5次・第6次評価報告書の主執筆者でもある。最近は温暖化対策も含めた議論に参加することが増えている。著書に『NHKスペシャル 気候大異変―地球シミュレータの警告』(NHK出版)、『地球温暖化の予測は「正しい」か?』(化学同人)、『異常気象と人類の選択』(角川マガジンズ)ほか。

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