気象学者・江守正多さんに聞く。 2050年脱炭素への道と『ドローダウン』[3] 「気候正義」が世代間を埋めるカギ

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毎年のように豪雨災害をもたらし、「待った無し」の地球温暖化対策。2050年までの脱炭素に向けて、具体的には何をすべきで、どう進めて行けば良いのでしょうか? 風力発電やソーラー発電に留まらない100の効果的で実現可能な方法を紹介した本がいま、注目を集めています。『ドローダウン』(山と溪谷社)の監訳者で、国立環境研究所・地球システム領域 副領域長の江守正多さんにお話を伺いました。

文=岡山泰史(山と溪谷社)

 

家庭用LEDの普及により7.8ギガトンのCO2が削減可能だ。『ドローダウン』 P177より(NATIONAL GEOGRAPHIC CREATIVE)

 

江守正多(えもり・せいた)
国立環境研究所・地球システム領域 副領域長。専門は地球温暖化の将来予測とリスク論。IPCC第5次・第6次評価報告書の主執筆者。著書に『地球温暖化の予測は「正しい」か?』、『異常気象と人類の選択』ほか。

 


「気候正義」が世代間を埋めるカギ

岡山:先ほどのグレタさんの話にもありましたが、ジェネレーションギャップを僕自身すごく感じていて、十代、二十代の人たちが未来に対して絶望や怒り、あるいは真逆の無関心や無気力感があるなかで、経団連や政治の世界では70代、80代の人たちが経済や政策決定の場にいて、世代間で埋めがたい溝がある。そのなかで、同じ目標に向かうことが非常に難しくなっているとどうしても感じてしまうのです。

意識のズレ、肌感覚、価値観、その辺をどうやって埋めたらいいんだろう?と思うのですが、江守さんご自身はどう感じていますか?

江守:そこは難しいのですが、いわゆる「大人」で気候変動危機にピンときていない人は、単に鈍感な人かというと必ずしもそれだけではなくて、当面の経済をどうするかという別の危機感を感じていて、そこで話がすれ違っている気がするんですよね。

もうひとつ、日本でも「Fridays for Future Japan」というグレタさんの影響で活動を始めた若者たちと話をしていると、彼らは明確に「気候正義」ということを言うんですよね。

気候変動問題は構造的な格差の再生産というか、豊かな人がたくさん出したCO2の影響によって、社会的に弱い立場の人たちが深刻な被害を受けるし、今の世代の排出したCO2によって将来世代が被害を受ける。その構造が問題なんだということを言っていて、「誰かの犠牲の上に成り立っている社会で私たちが生きていくのは辛い」と。せめてCO2の排出をもっと真剣に減らしたい、ということを言うんですよ。

毎朝・毎晩繰り返されるラッシュアワー。公共交通に代われば6.5ギガトンの削減効果がある。『ドローダウン』 P254より(GettyImages)

EUやアメリカ民主党のリーダーは「気候正義」を口にするんですが、日本の大人でそれを脱炭素の必要性として語る人をほとんど見たことがないんですよね。倫理的動機があって、日本も若者がそれを理解し、感受性ある人たちが出始めているんだけれど、大人たちにはピンときていないということが非常に問題なんじゃないかと思っているところですね。

岡山:いわゆる「大人」の側が、子どもや若い人たちが感じていることにどう共感を持てるか、子や孫の世代が持っている感覚に自分たち世代がどう責任を取りうるのか。そのような課題があるということでしょうか。

江守:そうですね。それがすごく自分の感覚としてピンとくるかというと、人それぞれだと思いますが、少なくとも海外や日本の一部が問題視していることを理解することがもっと起きなくてはならないと思いますね。

岡山:江守さんは最近でも、温暖化がテーマのオンラインイベントに登壇されて、発言されていますが、若い世代と接点がたくさんあるなかで理解が進んでいらっしゃるのではないかと思います。そこに目を向けることも、大切だということでしょうか。

江守:世代が変わるのに時間がかかるのかもしれませんが、それだけを待っていると間に合わないかなーという感じもしています。

岡山:若いジェネレーションのリーダーに対して期待すること、江守さんからのメッセージはありますか?

江守:「期待する」とか、そういう上から目線はおこがましい感じがしていて、僕はぜひ彼らにどんどん出てきてもらって、なるべくじゃまをしないようにしたいと、できればお手伝いをしたいと思っているところです。

岡山:なるほど。


温暖化対策はエネルギー問題だけではない

江守:先ほども触れましたが、この本を読んでいて、自分がいかに気候変動問題をエネルギー中心主義で考えていたかがわかったんですよね。エネルギーが一番ボリュームが大きいことは変わらないだろうと思うのですが、特に食、農業、生態系に関するところで、非常におもしろい対策がたくさんあって、CO2排出を削減したり、土地が吸収するだけでなく、生態系、食料システムにとって、もっといろんないい事があることをすごく気づかせてもらった感じがするんです。

特に「REGENERATIVE」環境再生型農業と訳したと思いますが、そういう話はここに書いてあって意識し始めたら、結構いろんなところで聞くようになりました。さっき言ったIPCCの特別報告書の『Special Report on Climate Change and Land』にも書いてあるし、パタゴニアが「REGENERATIVE」でコットンを作り始めたり、多年生作物(根がより伸びて炭素を多く吸収する)で作ったビールを売っていたり、結構そういう目で見ると環境再生型農業に取り組む人が日本にも世界にもいておもしろかったところですね。この本でその存在を知るきっかけになりました。

岡山:パタゴニアの取り組みは注目されていますね。

江守:それと割とランクが上で、温室効果ガスの抑制効果が高かった「女性」の問題ですよね。削減効果の見積りは大雑把ですけど、人口問題とか、女性のエンパワーメント(潜在能力を引き出すこと)を通じて「その方がいい社会になるじゃないか」と。それでCO2排出も減って、ジェンダーとか人権も改善され、健康にもいい社会になるというメッセージですよね。

いまSDGsは日本でも多くの人が知るところになりましたが、この本には気候危機を止めるだけでなく、「多面的にいい社会にしていく」ための個々のアイデアや対策の説明がいっぱい詰まっているところがいいですね。

女児の教育機会の拡充は人口抑制、子供の健康と就学率の向上、レジリエンス の獲得などを通じて60ギガトンのCO2削減効果がある。『ドローダウン』 P157より(STOCKSY)

岡山:この本の成り立ちとしては、ありとあらゆる温暖化対策を報告書や研究論文から拾い集め、実現可能なものから数値化・シミュレーションしていった。その結果、フラットに客観的に選んだものが、驚くほどの効果があったということが巻末にも書かれていましたね。

日本が目指すべき脱炭素社会の道筋の中で、どうしても技術や新しい面に目が行きがちで、それは非常に希望ではありますが、それよりももっと手前に、今できて効果も実証されているものがすでにあるのなら、もう少しそちらに予算を割いた方が、より安く早く実現できるはずです。

江守:しかも、気候変動以外のいろんな側面でもいい社会にするような対策なんだから、ぜひこういうのもやりましょう、ということですよね。

ガマンではなく、より良い社会変革としての気候対策を

岡山:温暖化対策という大きな課題を前にしたとき、政治・行政・企業の取るべき対策、あるいは僕たち自身の二酸化炭素を出すライフスタイルだったり、マインドとしても無関心層が多いわけですが、いま何がいちばんの抵抗勢力だと思いますか? なかなか前に進まないなかで、どこを動かすのがもっとも効果的で影響力があるでしょうか?

江守:僕はいろんなところで言っているんですが、社会の雰囲気としては「負担意識」というのがありますよね。気候変動対策はガマンや経済的負担になるものという大前提があります。日本社会では、あまり関心がない人のなかでもそうですが、関心がある人もこれを持っていて、「私は率先してガマンします」となってしまう。さらに、脱炭素を実現するためには業態を変えなければならないようなビジネスの人は、負担を前面に出して、
「そんなことしたらものすごく電気代高くなりますけど、皆さんわかってるんですよね?」
みたいな言い方をします。だからそう言われた方も
「そうだよなー。電気代高くなるし、エアコンをガマンしなければならないかもしれないし、いろいろ不便になるし」と思う。お金を払わないと環境は良くならないという、なんとなくそういう了解がどこかでみんなある、という気が僕はしています。

岡山:確かに。

フロンなど冷媒管理は約90ギガトンのCO2削減効果があり、もっともインパクトのある温暖化対策だ。『ドローダウン』 P301より(ALAMY STOCK PHOTO)

江守:実際そういう面がないとは言わないけれど、対策することによって儲かる人もいるし、気候変動以外の食や健康とかいろんなところで、むしろいい面があるんだから、やった方がいいじゃないか、という前向きな気持ちになることがもっと広がるべきだと思います。
まさにこの本は、そこでいい働きをしてくれるんじゃないかと思う訳ですね。

岡山:きれいにまとめていただいてありがとうございます(笑)。まさに希望の書として、この本のこれからに期待したいと思います。
実はポール・ホーケンさんの次作が今年の9月に英米で出版されるのですが、タイトルが『Regeneration 再生』まさに先ほど江守さんのお話にあったテーマにつながる訳ですが、この本のサブタイトルが「気候危機を一世代で終わらせるために」という意欲的なものになっています。

さらに具体的に私たち一人ひとりに何ができるか、ということが書かれている本です。ぜひまた江守さんに監訳をお願いできれば幸いです。

江守:はい、わかりました。今回、監訳に関われて本当に良い機会でした。IPCCの仕事もあって、かなり無理もしましたが(笑)、それに値する成果というか、やりがい、報酬を得た気がします。

岡山:お忙しいなか、本日はありがとうございました。

 

『DRAWDOWNドローダウン― 地球温暖化を逆転させる100の方法』

世界をリードする科学者と政策立案者の綿密な調査に基づく、地球温暖化を逆転させる最も確実な100の解決策


『DRAWDOWNドローダウン― 地球温暖化を逆転させる100の方法』
著: ポール・ホーケン
監訳: 江守正多
訳: 東出顕子
発売日:2020年12月19日
価格:3080円(税込)
仕様:A5判432ページ
詳細URL:https://www.yamakei.co.jp/products/2820310430.html

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【著者略歴】
ポール・ホーケン(Pawl Hawken)
アメリカの環境保護活動家、起業家、作家、活動家。 複数の環境ビジネスを立ち上げ、自然資本研究所(NCI)を設立し、生活システム、経済開発、産業生態学、環境政策に関する執筆や提言を積極的に行なってきた。 また、社会的責任ある企業を紹介するテレビ番組の制作とホストを務め、115か国、1億人以上に放送された。 2014年、地球温暖化を逆転させる方法を調査する非営利団体Project Drawdownを設立。 主な著書に『ネクスト・エコノミー―情報経済の時代』(TBSブリタニカ)、『ビジネスを育てる』『祝福を受けた不安―サステナビリティ革命の可能性』(バジリコ)、『自然資本の経済―「成長の限界」を突破する新産業革命』(日本経済新聞出版)がある。 

プロフィール

江守正多

国立環境研究所・地球システム領域 副領域長。地球環境、特に地球温暖化・気候変動の研究グループに所属。気候変動の将来予測、気温が何度上がるか、大雨がどう増えるかといったリスクをコンピュータシミュレーションで予測する分野の研究を主に、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第5次・第6次評価報告書の主執筆者でもある。最近は温暖化対策も含めた議論に参加することが増えている。著書に『NHKスペシャル 気候大異変―地球シミュレータの警告』(NHK出版)、『地球温暖化の予測は「正しい」か?』(化学同人)、『異常気象と人類の選択』(角川マガジンズ)ほか。

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