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氷河が消える原因とは?|温暖化による世界の山岳氷河最新事情・後編
アフリカの最高峰キリマンジャロ山頂から氷河が消えようとしている。地球温暖化を象徴する出来事として、世界の注目を集めた。そのキリマンジャロをはじめとする世界の山で氷河や永久凍土などの調査をしている新潟大学の奈良間千之先生に、世界の山でなにが起こっているか、話をお聞きした。前後編の後編。
取材=岡山泰史、写真提供=奈良間千之
――そのほか、どんな取り組みをされていますか。新しい動向など教えてください。
コロナ前には、調査地近くの村で、村人向けに氷河湖決壊洪水のメカニズム、上流にある氷河湖の分布や大きさなど、災害を減らすための啓蒙活動を積極的に行ないました。
氷河湖決壊洪水に関する知識を地元の方々がおもちでなかったので、氷河湖決壊洪水に関する基本知識を広めようと、キルギスとインド・ヒマラヤのラダックでワークショップを計4回開催しました。
チベット仏教を厚く信仰するラダックでは、湖はチベットの聖地ラサのポタラ宮と馬や羊などの動物が見える神聖な場所です。氷河湖決壊洪水に関しては、「外国人が聖地に入ったため神様が怒って災害が起きた」や「なにか神様を怒らせる悪いことをしたから災害が起きた」という考え方をもつ年配の方がかなり多いです。
![インド・ラダックのドムカル村での氷河湖ワークショップの様子](https://www.yamakei-online.com/new_images/yama-ya/article/2024_06/20240607_yamaya_gwarming_01.jpg)
![インド・ラダックの氷河と氷河湖](https://www.yamakei-online.com/new_images/yama-ya/article/2024_06/20240607_yamaya_gwarming_02.jpg)
ラダックでは、インド政府から充分なサポートを得ることは難しいため、自然災害に対してハード面での対策をとることは困難です。ソフト面での対策が重要であり、自治政府に頼るよりは、災害に対して自分たち自身が自分の生活を守るという自助、仲間と一緒に守る共助の意識が強い印象を持ちました。
一方、中央アジアのキルギス共和国では、1991年以前はソビエト連邦だったこともあり、コルホーズ(集団農場)やソフホーズ(国営農場)の文化が今も残っていると感じました。「国が全部サポートするのが当然であり、自分たちが災害を受けるのは、国の対策が不十分だ」という考え方なのです。
ラダックのワークショップでは、「自分たちでどうやって助け合うか」、「避難場所をどこにするか」について真剣に話し合いが行なわれていました。一方、キルギスでは、一緒に政府関係者もワークショップに参加していただいたのですが、政府への主張というか文句がすごかったです。
このように、地域によって災害への捉え方や、災害に対する考え方がまったく違うことを学びました。キルギスでは、氷河湖災害のニュースは地元テレビで見る機会が多く、氷河湖の災害を知っている人はかなり多いです。一方、ラダックの地方の村ではテレビが普及していないため、ラジオで情報を得ています。私がある村を訪れた際に、私が以前別の村でワークショップを開催したことをみなさんラジオで聞いてご存じでした。情報を得る手段がラジオしかないため、みんな毎日欠かさず聞いているようです。
――なるほど。ただ科学的な情報を伝えればいいということでは、必ずしもないわけですね。地域に合わせた対策が重要だということですね。
キリマンジャロ氷河消失の犯人は「乾燥化」
![キリマンジャロ山頂の氷河は、温暖化の見える指標として世界の注目を集めている](https://www.yamakei-online.com/new_images/yama-ya/article/2024_06/20240607_yamaya_gwarming_03.jpg)
キリマンジャロは、「不都合な真実」という映画でも紹介されて、「温暖化でキリマンジャロの氷河がなくなる」というのが一般的な認識になっています。
ところが2000年以降に出た観測データによる研究成果によると、「乾燥化」が氷河の縮小を招いていることが報告されています。氷河は積雪でかん養する量と蒸発や融解により消耗する量のバランスでその形態を維持しています。両者の量が同じ場合その形態は変わりませんが、消耗する量がかん養する量を上回った場合、氷河は両者のバランスが平衡状態になるまで形態を小さくさせます。キリマンジャロでは、雪が降らないことでかん養する量が減少したため、質量収支がマイナスの状態で氷河の質量が年々失われています。キリマンジャロは、1912年~2003年に90%の面積が縮小しており、その減少の大部分は1953年までにすでに起きていました。温暖化と呼ばれる以前から氷河は乾燥化により急激に縮小していたのです。キリマンジャロ山頂付近の気温データの解析結果から気温上昇が確認されていないため、気温上昇により氷河が縮小したという話ではなさそうです。
――「気温上昇により縮小」という単純な話ではない、ということですね。乾燥化はなにが原因なのでしょうか?今これまでの研究で、熱帯インド洋の海面水温の上昇により生じた大気循環の変調が、東アフリカの赤道域の乾燥化に影響を与えていることが報告されています。東アフリカの赤道域では、多量の降水をもたらす熱帯収束帯 (ITCZ) が太陽放射の季節変化に伴って南北移動することにより、1年に3-5月と10-12月に2回の雨季があります。インド洋の海面水温の上昇に起因する大気循環の変化は、この雨季の水蒸気供給を減少させることにより乾燥化を引き起こしていると考えられています。
――でも、そうやって順にお話をお聞きすると、納得できます。東アフリカの降水量の変動が、海面水温上昇とそれに伴う大気循環の影響を受けています。降水量の減少が氷河縮小の要因というのが、最近の海外の研究者の論文の見解です。
――なるほど。キリマンジャロのある赤道付近の気温は、1年を通じてほとんど変化しません。日変化に比べ季節変化は小さく、キリマンジャロ山頂の年平均気温は「-3℃」です。日中融けても夜間に凍結することを繰り返しています。
実際にキリマンジャロ上空をセスナで飛んでカメラで空撮して、得られた画像から地形モデルを作成し、2016年と2023年の地形モデルを比較したのですが、キリマンジャロの頂上付近の氷河の一番高い場所では、年間で30cmぐらいしか低下していませんでした。氷河の厚さは厚い場所で50mぐらいありますから、30cmだったら百年以上氷河は存在し続けることになります。
では、どう変化しているかというと、氷河の側壁から急速に縮小しています。側壁でどんどん質量が減少しており、それがだいたい年間10m前後で狭まっています。
側壁というのは、岩に接地してなくてそのまま剥き出しになっている場所ですが、キリマンジャロの氷河ではそれが年間10mぐらいのペースで狭くなっています。幅が200~300mしかないので、それが続いていくと、20~30年後に完全に消滅してしまうことになります。
――表面はあまり減らず、むき出しになった側壁が減っていくのは、乾燥化ということですね。乾燥で固体の氷が直接気体の水蒸気に変化する「昇華」という現象です。海外の先行研究では昇華と日射による融解が縮小の要因であることが報告されています。
たとえ氷が日中に融解しても、夜間の気温はマイナスなので再凍結する場合もあります。キリマンジャロでは、氷河上面は昇華による影響が大きいようですが、側壁は太陽放射による融解(氷が太陽放射そのものを吸収し、氷そのものが昇温する結果生じる融解)で垂直な氷壁を後退させています。これら氷壁では雪が積もらないため氷がなくなるまで後退を続けます。
――キリマンジャロの氷河は50mほどと厚いので、上からではなくてむしろ横からということですね。大きな氷河が二つあるのですが、氷河全体だと年間に1mぐらい低下しています。末端部ではそれ以上に低下していますが、一番標高が高いところで30cmぐらいしか低下しておらず、上の方の表面では質量があまり減っていないということです。ちなみに、キリマンジャロの南斜面に位置する斜面氷河は、山頂氷河よりも質量の減少が確認されました。
ケニア山の氷河事情
――同じアフリカのケニア山の氷河についても教えてください。ケニア山の場合は氷河の位置が1000mぐらいキリマンジャロよりも低く、質量減少の要因は昇華と融解です。現在の平衡線が氷河よりも高い位置にあり、氷河全体が消耗域になるので毎年質量が減少しています。
ケニア山ですが、現在8つの小さい氷河があって、長さが200mぐらいのルイス氷河が最大面積の氷河です。氷河の厚さを測ることができていませんが、年間の流動量から推定したところ20~30mなので、あと十数年で消滅するのではないか、というのが私の考えです。
ケニア山だと、ルイス氷河の場合は年間1.7mほどで低下していますから、仮に氷河の厚さが25mであれば15年でなくなってしまう計算です。
――ここも乾燥化で雪が降らないわけですね。乾燥化のメカニズムは先ほどのキリマンジャロと同じです。赤道直下で経度もキリマンジャロとほぼ同じです。
――ここ数十年で気温上昇の兆候はないのでしょうか。ケニア山の山頂では、長期の気温観測が実施されていないのでわかりません。ただキリマンジャロでは、気温上昇は確認できていないようです。
――アフリカではケニア山やキリマンジャロの氷河消失については、どういう捉え方をされているのでしょうか。氷河が縮小して景観が変化するという意識はあるとは思いますが、地域の水資源にはほとんど影響していないと思います。例えば火山であるケニア山には山頂から放射状の流域がたくさんありますが、今ある8つの氷河も2流域にしか含まれていません。氷河の少し下流に見られる川の流量もわずかです。
キリマンジャロでは、トレッキング途中の川の水が減ったという話を聞いたことがありますが、正確にどう変化したかはわかりません。
――そういうことなんですね。ケニア山では、中腹で大量の雨が降るので、その水が利用されています。ただ、2回の雨期と乾期があり、雨期はいいですが、乾期の水不足への対応が困難になっている状況です。
あとは地元の意識ですね。観光業の人たちはやっぱり景観的に氷河になくなってほしくないと思っているはずです。トレッカーが減るとか、観光の打撃はあるかもしれません。やっぱりキリマンジャロも、雪を抱いている景観を魅力的と思うのではないでしょうか。
アンデスの氷河
![アンデスの氷河から流れ出す滝のような水](https://www.yamakei-online.com/new_images/yama-ya/article/2024_06/20240607_yamaya_gwarming_04.jpg)
アンデスの場合、「岩石氷河」が今どれぐらいの速度で動いているかなど、その環境を知るために調査に行きました。 永久凍土を含む岩石氷河はアンデスの内陸側に分布しています。南北に長いアンデスでも、真ん中の地域の東側は非常に乾燥しています。
岩石氷河が多く分布する場所では、岩石氷河からの融け水を使ってビールを製造するビール工場などがありました。あとは鉱山があり、永久凍土の融解により道が変形して使えなくなったりしているようです。
――アンデスの氷河の傾向はどのように認識されているのでしょうか?南アンデスでも、南部の南パタゴニア平原地域と北部の乾燥地域では氷河の規模がまったく違います。全体的に氷河は縮小しているようです。
チリ側では山麓にたくさんの人が住んでいますが、そこも氷河湖決壊洪水の多発地域です。
――そうですね。チリ、パタゴニアの氷河湖決壊に関するニュースが多数ありました。あそこはモレーンが決壊することで洪水が発生するので東ヒマラヤと同じです。現地でも氷河湖災害は非常に注目されています。
氷河湖決壊の引き金は必ずしも温暖化ではない
――氷河湖が決壊する理由としては、やはり気候変動という認識でいいのでしょうか?チリは地震多発地域でもあるので、地震で氷河の一部が崩落して決壊するケースもあります。もちろん、氷河の末端部が崩落して、地震がないときでも決壊洪水が起きたりもします。すべて温暖化で生じるという単純な話ではありません。
ヒマラヤも同じで、氷河崩落で大きい氷塊が上から湖に落ちて決壊するケースが多いです。温暖化が絡むとしたら、氷河縮小により氷河湖が拡大する点、氷河崩落が起こりやすくなっている点です。
氷河の一部が落ちるのは、氷河湖に落ちるだけでなく、ただ崩落するだけでも災害につながります。氷河末端部が落ちるのは、岩壁に氷河が張り付いた「懸垂氷河」と呼ばれる氷河タイプです。
例えばネパールのランタン村で、2015年にゴルカ地震という大きな地震(マグニチュード7.8)がありましたが、その地震の際に多数の氷河崩落が生じ、ランタン村が雪氷土砂で覆われてしまった災害がありました(編注・ほぼすべての建物が倒壊、死者・行方不明者350人以上の壊滅的な災害となった)。ランタンリルン峰に張り付いていた多くの懸垂氷河が崩落して、氷河氷や積雪が岩屑と混ざりあった「雪氷岩屑なだれ」が発生し、それが村全体を覆ってしまったのです。
![ネパールのランタン村](https://www.yamakei-online.com/new_images/yama-ya/article/2024_06/20240607_yamaya_gwarming_05.jpg)
懸垂氷河が上部にある居住地や氷河湖では、災害のリスクが高いと言えます。ただ、山脈全体でそのリスクについて細かく調べられているわけではないです。
日本の氷河がまた増える?
――奈良間先生は2019年に唐松沢雪渓が氷河であることを論文で発表され、唐松沢雪渓は日本で7番目の氷河となりました。その後さらに白馬周辺で氷河に関する調査を進められていますが、今はどういう状況でしょうか?杓子沢雪渓と不帰沢雪渓を調査した論文はいま審査中です。これまで氷河と確認されたのと同程度の厚さと流動のデータが得られています。現在論文を海外の学術雑誌に投稿しており、その論文が受理されれば「氷河」として確認されるという流れです。
「氷河と認定された」とか「氷河認定」などの表現がよく使われますが、氷河の認定機関などどこにもありません。測定されたデータで氷河と論証できるかが重要であり、「調査結果から氷河と確認された」という表現が正しいです。.
![北アルプス唐松沢雪渓での調査風景](https://www.yamakei-online.com/new_images/yama-ya/article/2024_06/20240607_yamaya_gwarming_06.jpg)
杓子沢雪渓は白馬駅から見えるので、氷河と確認されれば白馬村の魅力が増えるかもしれません。白馬村では、氷河や雪渓が一望できるので、身近に感じていただけるのではないでしょうか。
現在は杓子岳の北カールで永久凍土を掘削する計画を立てています。もし永久凍土が確認されたらモニタリングを開始できます。そして、なぜここに永久凍土が存在するのか、その環境条件を調べるという次の展開につなげることができます。しかし、まずは凍土を確認することが重要です。
――大雪山や富士山の山岳永久凍土の融解が話題になっていますが、山における永久凍土の重要性、位置づけをどう捉えていますか?北アルプスの近年の環境変化を知るためには、モニタリング対象を増やしてその変化を調べる必要があります。氷河もモニタリング対象の一つですが、永久凍土も発見できれば観測を始められます。
そして、その山に山岳永久凍土があることは、その山の魅力が一つ増えることであり、北アルプスの白馬地域を構成する箱庭的景観(環境多様性)の魅力が増すことにつながります。ヨーロッパ・アルプスで数千メートルの高度帯に分布するものが、わずか数百メートルに詰まっているという点も特異な自然環境がなせる業です。
プロフィール
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奈良間千之(ならま・ちゆき)
新潟大学教授、山岳環境研究室を主宰。北アルプス唐松沢雪渓が日本で7番目の氷河であることを調査により明らかにした。フィールドワーク、GIS(地理情報システム)、衛星画像解析の手法を用いて、山岳氷河や山岳永久凍土の変動や地形災害など、山岳地域で現在起きている事象のプロセスや要因について研究している。著書に『中央ユーラシア環境史①環境変動と人間』(臨川書店)ほか。
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岡山泰史(おかやま・やすし)
エコロジーや生物多様性、気候危機をテーマに執筆、編集。共著に『つながるいのち―生物多様性からのメッセージ』『あなたの暮らしが世界を変える―持続可能な未来がわかる絵本』、『「自然の恵み」の伝え方―生物多様性とメディア』。日本環境ジャーナリストの会理事。
山と温暖化
『山と溪谷』に連載中の「山と温暖化」と連動して、誌面に載せきれなかった内容やインタビューなどを紹介します。