ツキノワグマやヒグマが出没するキャンプ場でのクマ対策。私の食料・ゴミの保管方法と、食糧庫(フードロッカー)と電気柵の必要性

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

文・写真=昆野安彦

目次

2024年7月21日の夜、北アルプス・岳沢小屋(標高2170m)のテント場で、ツキノワグマと思われる野生動物が、人が中にいるテントに覆いかぶさるという事案が発生した。このテント場では同年7月18日にもツキノワグマによるとみられる、無人のテントの食料荒らしがあり、岳沢小屋では、当面の間、テント場の利用が休止されている(詳報は山と溪谷オンラインのニュース記事で)。ツキノワグマやヒグマが生息する山域で頻繁にテントを利用する私がもっとも気をつけているのは、クマをテントにおびき寄せかねない食料の匂いを、極力テントから出さないことである。今回の記事では、私のクマ対策としての食料・ゴミの保管方法を紹介するとともに、日本のキャンプ場では設置例の少ない、食糧庫(フードロッカー)と電気柵の必要性について紹介したいと思う。

北アルプスのツキノワグマ(2023年6月撮影)
北アルプスのツキノワグマ(2023年6月撮影)。クマの前肢の爪は非常に鋭く、襲われた場合、無傷で済むことは稀だ

テントを使う場合の私の食料・ゴミの保管方法

クマは嗅覚がとても優れていると言われており、テントの中や外に、匂いの出る食料や食器類をそのままにして就寝することは、大変危険と言わざるを得ない。

このため、私がクマの生息地でテントを使う場合、野菜類、肉類、コーヒーなどの匂いの出る食料は、すべてファスナー付きのプラスチックバッグに小分けして収納し、匂いがテントの外に漏れないよう、細心の注意を払っている。

また、食後に食器類を拭いたティッシュや、開封後の缶詰の空き缶などのゴミ類も、ファスナー付きのプラスチックバッグに収納している。つまり、食料もゴミも、すべて匂いが漏れないよう、密封した状態で保管することをテント利用時の最重要のクマ対策として行なっている。

ツキノワグマによる被害のあった北アルプス・岳沢小屋のテント場(2023年7月撮影
ツキノワグマによる被害のあった北アルプス・岳沢小屋のテント場(2023年7月撮影)。周囲は灌木が茂り、ツキノワグマが隠れていても気づくことは難しい

食後の食器類や、缶詰、ビールの空き缶をテントの外に置かない

キャンプ場でよく見かける夜の光景の一つに、夕食後の食器類や、缶詰、ビールの空き缶などがテントの外に置かれていることがある。狭いテント生活では、少しでもテント内の寝るスペースを広くしようとするのが人の常だが、この行為は夜間にクマをおびき寄せる、大きな危険性をはらんでいる。

たとえば、カレーを作った場合、どんなに食器をきれいに拭いたつもりでも、完全に匂いを取り除くことは難しいからだ。これは、缶詰やビールの空き缶も同様だ。

上高地の徳沢キャンプ場では、夜になると、管理棟から「野生動物の生息地です。ゴミ等はテントの外に置かず、テントの中にしまってください」というアナウンスが流れるが、これは大変大事なことなので、登山者の方々には、しっかり守っていただきたいルールのひとつだと思っている。

食糧庫(フードロッカー)のある上高地・小梨平キャンプ場

クマの出没するキャンプ場での重要なクマ対策のひとつが、食糧庫(フードロッカー)の設置だ。テント利用者各自が食料を食糧庫に保管することにより、クマに対するテントの安全性をより高める効果が期待されるからだ。

小梨平キャンプ場の食糧庫(フードロッカー)(2024年7月撮影)
小梨平キャンプ場の食糧庫(フードロッカー)。テント宿泊者は、食料をこの中に保管することが義務づけられている(2024年7月撮影)

上高地では、小梨平キャンプ場に食糧庫が2基、設置されている。同キャンプ場では、2020年8月にテントに就寝中の方がツキノワグマに襲われる事故があり、その後のクマ対策の一環として、同年、新たにキャンプ場内に設置されたものである。

この食糧庫は物流用のコンテナがベースの頑丈な作りで、テント利用者は管理棟で配布される名札を食料につけて食糧庫内の棚に収納し、食事を作るときだけ、食糧庫内から各自の食料を取り出すルールが義務付けられている。

小梨平キャンプ場付近では、事件後も毎年ツキノワグマが目撃されているが、食糧庫を設置してからはテントが襲われる事案は発生していない。食糧庫の設置効果はもちろんのことだが、食糧庫の利用義務が、キャンプ場の利用者に、ゴミの管理などのクマ対策の重要性を喚起しているプラス効果も、多いにあるのだろうと思っている。

食糧庫(フードロッカー)のある大雪山・白雲岳避難小屋のキャンプ場

ヒグマの生息する北海道では、知床連山の各テントサイトに食糧庫(フードロッカー)が置かれているが(2010年7月27日、環境省アクティブ・レンジャー日記[北海道地区]より引用)、私がよく利用する大雪山の白雲岳避難小屋のテント場にも、ステンレス製の強固な食糧庫が設置されている。

大雪山・白雲岳避難小屋のテント場近くに現れたヒグマ(2022年8月13日)
大雪山・白雲岳避難小屋のテント場近くに現れたヒグマ(2022年8月13日)

白雲岳避難小屋では、2022年の夏以降、毎年、ヒグマが小屋の周囲に頻繁に現れるようになり、とくにヒグマが至近距離で現れることの多いテント場でのヒグマ対策が喫緊の課題となっている。

私の観察では、テントから十数メートルの近さまでヒグマが接近したことがあり、テント内外に食料やゴミを置かないことは、テント利用者にできる最低限のヒグマ対策の一つだろうと思う。

大雪山・白雲岳避難小屋とテント場
大雪山・白雲岳避難小屋とテント場(手前)。左手に置かれているのが、テント利用者用の食糧庫(フードロッカー)だ

食糧庫と電気柵の普及の必要性

以上、小梨平キャンプ場と白雲岳避難小屋の食糧庫について紹介したが、食糧庫が置かれているキャンプ場は、日本ではまだまだ少ないように思う。たとえば、上高地とその周辺には複数のキャンプ場があるが、私が知る限り、食糧庫が置かれているのは小梨平キャンプ場だけだと思う。

今回の岳沢小屋のテント場でのツキノワグマ被害の事案を踏まえると、今後はできるだけ、各キャンプ場に食糧庫を設置することが必要なのではないだろうか。

白雲岳避難小屋の食糧庫(フードロッカー)
白雲岳避難小屋の食糧庫(フードロッカー)。ステンレス製で、ヒグマが簡単には開けられないような、頑丈な作りになっている

また、食糧庫を新たに設置するのが難しい場合は、例えば、管理人が常駐するキャンプ場では、管理棟の中などに利用者の食糧を置ける棚などの場所を確保することも、有効なクマ対策の一つだろうと思っている。

さらに、キャンプ場をクマから守る究極の対策としては、「電気柵」の設置も考えられる。山奥では電源をどうするかという問題があるが、ソーラーパネルの利用を前提とすれば、実現不可能な対策ではないと思う。

たとえば、最近ヒグマがよく出没する、さきほどの白雲岳避難小屋のテント場の場合でも、もし電気柵が設置されれば、テント利用者の安全性は格段に向上し、夜もクマを心配することなく、ぐっすりと眠れるようになるのではないだろうかと期待している。

以上、2024年7月に岳沢小屋で起きたクマ被害を念頭に、私のクマ対策の考えの一端を紹介した。じつは、私は2023年と2024年の2年続けて、ヒグマ(大雪山)とツキノワグマ(北アルプス)を同じ年に至近距離で目撃している。

両地域とも1980年代から何度も通っている地域だが、両種のクマを同じ年に目撃したことは、2022年以前は一度もなかった。

そのことを踏まえると、「クマの個体数が増えている」と巷でよく言われることが、本当なのだなと実感している次第だ。

クマ対策は多くの登山者にとって喫緊の課題であろう。今回の記事が今後のクマ対策を検討するうえで、多少なりとも参考になれば幸いである。

私のおすすめ図書

人を襲うクマ 遭難事例とその生態(ヤマケイ文庫)

人を襲うクマ 遭難事例とその生態(ヤマケイ文庫)

この本はクマによる人身事故の実態について、被害者を中心に入念な聞き取り調査をもとにまとめたものです。ヒグマに関しては、大学生3名が犠牲となった日高山脈のカムイエクウチカウシ山での襲撃事故、ツキノワグマに関しては、本州各地の山や里山でおきた7例の襲撃事故が紹介されています。実際に襲撃を受けた方々の証言も収録されており、クマがいかに手ごわい相手であるかを再認識できます。クマ対策に絶対的なものはありませんが、この本を一読することで、クマとの危険を減らす手段やクマの生息地に入る時の心構えなどの理解が深まると思います。

羽根田 治
発行 山と溪谷社(2021年刊)
価格 968円(税込)
Amazonで見る
楽天で見る

目次

プロフィール

昆野安彦(こんの・やすひこ)

フリーナチュラリスト。日本の山と里山の自然観察と写真撮影を行なっている。著書に『大雪山自然観察ガイド』『大雪山・知床・阿寒の山』(ともに山と溪谷社)などがある

ホームページ
https://connoyasuhiko.blogspot.com/

山のいきものたち

フリーナチュラリストの昆野安彦さんが山で見つけた「旬な生きものたち」を発信するコラム。

編集部おすすめ記事