北海道・大雪山の白雲岳避難小屋に若いヒグマが出没! 私が観察した、パンダのような白っぽいヒグマの正体とは?

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2024年7月5日の夕刻、大雪山の白雲岳避難小屋(以下、白雲小屋)に若い1頭のヒグマが姿を現わした。白雲小屋では、2022年の夏に単独の成獣、2023年の夏に当年仔の仔グマ2頭を連れた母グマが、それぞれ小屋周辺に頻繁に現われており、今回の私の観察によって、3年続けてヒグマが白雲小屋に現われたことになる。今回の記事では、2024年7月5日の私の観察記録を時系列で紹介するとともに、今回の若い単独のヒグマの素性について、私の見解を紹介したい。

文・写真=昆野安彦

目次

2024年7月5日午後4時33分 パンダに似たヒグマが現われる

7月に入ってから悪天候が続いていた大雪山だったが、この日は終日おだやかな晴天に恵まれた。白雲岳の稜線に太陽が沈みこもうとする静かな夕刻時、私はこの日の生きもの調査を終えて小屋のテラスでのんびりとくつろいでいたわけだが、ふと小屋の南側の草地を見てみると、1頭のヒグマの姿が視界に入った。

白雲岳避難小屋南方の草地に現われた白っぽいヒグマ
白雲岳避難小屋南方の草地に現われた白っぽいヒグマ。小屋の角からの撮影(2024年7月5日)

小屋からの距離はおよそ100m。至近と言ってもいい距離だ。私はこの至近さが誰にでも分かるように、小屋の赤い側壁を入れてヒグマの姿を撮影することにする。6月半ばから小屋の周囲では何度かヒグマが目撃されていたが、これだけ小屋の近くに現われたのは、この日が初めてだった。

このヒグマは植物を採食しながら、小屋を中心に時計回りにテント場の方にゆっくり移動していったが、成獣とは程遠い体長1mほどの若い個体で、顔から胴部にかけて白っぽい、独特の姿をしていることが特徴的だった。

とくに白い顔に黒い耳、そして眼のまわりが黒ずんでいるところは、一見するとパンダの顔にも似ており、大雪山のヒグマのなかでも、非常に変わった形態のヒグマと言えるのではないかと思う。

白っぽいヒグマの拡大写真
白っぽいヒグマの拡大写真。体長は1mほどと小さく、頭部から胴部にかけて白色をしていることが分かる(2024年7月5日)

2024年7月5日午後4時37分 テント場に接近

ヒグマはやがて、小屋の西側にあるテント場奥の雪渓に移動した。

白雲岳避難小屋のテント場近くの雪渓に移動した白っぽいヒグマ
白雲岳避難小屋のテント場近くの雪渓に移動した白っぽいヒグマ(2024年7月5日)

小屋のスタッフにヒグマが出たことを告げると、小屋の中にいた人たちもテラスに出てきてそれぞれがヒグマの観察を始めたが、このヒグマは人間の姿を恐れているようで、大勢の人の声や気配に気づいたヒグマはテント場に近づくことはせず、雪渓から白雲岳東斜面の岩場に移ると、やがて白雲岳山頂に向かってゆっくりと登り始めていった。

そして午後5時20分になると、その姿は私の視界から完全に消えたのだった。

テント場近くの雪渓上の白っぽいヒグマの拡大写真
テント場近くの雪渓上の白っぽいヒグマの拡大写真(2024年7月5日)。顔が白く、耳と眼のまわりが黒いところは、一見するとパンダに似ている

白っぽいヒグマと昨年の親仔グマとの比較

この白っぽいヒグマを前にして、私はすぐに2023年の夏に頻繁に現われた親仔グマの仔グマ2頭のことを思い出した。

2023年7月上旬に私はこの親仔グマを4日間観察しているのだが、仔グマ2頭は互いに毛色が異なり、1頭は通常の黒色系、もう1頭は顔面を中心に白色をしていた。その事実を知っていたので、私は今回の白っぽいヒグマが2023年に観察した親仔グマのうちの、白色系の仔グマではないだろうかと考えたのである。

そこで7月7日に自宅に帰ってから2023年の親仔グマの写真と今回の写真を比べてみたわけだが、顔面から胴部にかけての白っぽい特徴が見事に一致していた。

2023年の夏に白雲岳避難小屋の周囲に頻繁に現われた親仔グマ
2023年の夏に白雲岳避難小屋の周囲に頻繁に現われた親仔グマ。2頭の仔グマのうち、1頭が今回の記事の白っぽいヒグマに酷似していることが分かる(2023年7月4日)

今回の白っぽいヒグマは、2023年に頻繁に現われた親仔グマの白色系の仔グマの可能性が高い

今回のヒグマの写真と2023年に撮影した仔グマの写真を比べてみていただければ、両者は年齢こそ違え、同一の個体である可能性が非常に高いことがお分かりいただけると思う。私の見解では、今年現われた白っぽいヒグマは、生後1年以上を経過した昨年の親仔グマのうちの1頭の仔グマということになる。

Wikipedia(エゾヒグマの項)によると、ヒグマは生後1~2年で親離れすると書かれており、小屋に現われた白っぽいヒグマは、幼さの残る若い個体ではあるが、すでに親離れして単独で行動していると考えるのが自然だろう。

ただ、今後、昨年の親仔グマが3頭揃って白雲小屋の周辺に現われることがもしあれば、私の推測は成り立たなくなる。果たして真相はどうなのだろう。この点も含め、今後、白雲小屋とその周辺のヒグマの動向に注視する必要がある。

白雲小屋における、私のヒグマ対策

さて、今回のヒグマの正体がどうであれ、白雲小屋を訪れる登山者にとって、ヒグマの存在が大きな脅威になるのは間違いない。今回の白っぽいヒグマは、私の観察では人間を恐れる傾向があるように思われたが、登山道で出会いがしらに遭遇した場合、このヒグマが果たしてどのような行動をとるかは、まったく予断を許さない。

そこで以下、私が白雲小屋を訪れる時のヒグマ対策を紹介し、これから同小屋を訪れる方々へのアドバイスとしたい。

  1. 白雲小屋がよく見える場所まで歩いて来たら、いったん立ち止まり、小屋の周辺にヒグマがいないかどうか、よく確認する。例えば、小屋のテラスに複数の人が集まって一定方向を見ているような時は、その方向にヒグマがいる可能性がある。
  2. 白雲小屋の周囲には人の背丈ほどのハイマツやウラジロナナカマドが繁茂しているため、ヒグマがもし隠れていても、こちらからは見えないことがある。そのため、そうした場所の登山道を通る時は、クマ鈴やホイッスルを鳴らすとともに、いざという時のためにクマ撃退スプレーをいつでも使える状態にしておく。
  3. 白雲小屋におけるクマ出没情報は、同小屋のFacebookに掲載されることが多いので、登山計画を立てる際は、同Facebookからクマ情報を得ることをおすすめする。

なお、今回のヒグマは私の目測では体長1mほどと小柄だったが、ヒグマの場合、小柄だからといって油断は禁物だ。

例えば、2023年秋の大千軒岳(だいせんげんだけ・1072m・渡島半島南西部)で大学生を殺傷したヒグマは、体長1.25mほどの若いオスであったことが判明している(2023年11月9日、NHK北海道News Webより)。

今回のヒグマの大きさはこの大千軒岳のヒグマに近く、白雲小屋付近で出会いがしらに遭遇して襲われたら、大変なことになるだろうということは容易に想像できる。そのため、この夏、白雲小屋を目指す登山者の方々には、十分なヒグマ対策と情報収集をお願いしたい。

白っぽいヒグマの動画の公開について

白っぽいヒグマがテント場近くの雪渓から白雲岳東斜面の岩場に移ってからの行動については、動画も記録しておいた。

今回の記事の公開と合わせて、私のYouTubeサイト「昆野安彦 自然写真館」でこの動画を公開するので、宜しければ見ていただければと思う。動画のタイトルは「2024年7月5日、大雪山の白雲岳避難小屋に現れたパンダのようなヒグマ」である。

今回の白っぽいヒグマの個体識別や移動・採食パターン、白雲小屋から眺めてどのくらいの大きさでヒグマが見えるのか、さらには小柄ながらも、雪渓上部の急斜面をわけなく登るダイナミックな迫力ある動きなど、ヒグマの生態に関心のある方には、きっと有益な情報が含まれているのではと思う。

以上、2024年7月5日に白雲小屋に出没したヒグマの正体について、私の考えの一端を紹介した。もし私の推測が正しいなら、今回の白っぽいヒグマは白雲小屋付近の餌場を昨年から熟知していることになり、今後も昨年の親仔グマ同様、秋まで白雲小屋付近に居座る可能性が高いだろうと思う。

また、私の推測が正しいなら、残る母グマともう1頭の仔グマは今、どこにいるのだろうという、別の問題も浮かび上がってくる。

私は大雪山の動植物全般の生態と生活史に興味があり、ヒグマの観察だけに重点を置いているわけではないが、今回の記事により、期せずして3年続けて白雲小屋のヒグマについて紹介することとなった。今回の記事が、白雲小屋に出没するヒグマの動向を知るうえで、少しでもお役に立てれば幸いである。

私のおすすめ図書

なつのやまのとり

なつのやまのとり

この本は、夏の山で見られる野鳥を美しいイラストで紹介した本です。日本の山でよく見られる46種の野鳥を山麓から稜線までの順に紹介しているので、この一冊があれば、登山の際に見かける野鳥の種類がよく分かるようになっています。また、山で野鳥を観察するためのノウハウも紹介されているので、これから日本の山の鳥を詳しく知りたい方にはおすすめの本です。ちなみに表紙には、私の大好きな野鳥のホシガラスが描かれています。

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発行 山と溪谷社(2022年刊)
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プロフィール

昆野安彦(こんの・やすひこ)

フリーナチュラリスト。日本の山と里山の自然観察と写真撮影を行なっている。著書に『大雪山自然観察ガイド』『大雪山・知床・阿寒の山』(ともに山と溪谷社)などがある

ホームページ
https://connoyasuhiko.blogspot.com/

山のいきものたち

フリーナチュラリストの昆野安彦さんが山で見つけた「旬な生きものたち」を発信するコラム。

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