熊本県・八方ヶ岳で展望と夏の花を楽しむ
熊本県・八方ヶ岳(やほうがたけ、1052m)。渓谷と山頂からの展望が人気の山で、夏には珍しい花にも出合える。
文・写真=池田浩伸
8月の暑いさかりの低山歩きですが、今しか出合えない花があるので、八方ヶ岳に出かけてみます。八方ヶ岳は熊本県菊池市と山鹿市菊鹿町にまたがる古い時代の火山で、浸食によってできた深い谷は、花崗岩の岩床を鮮烈で透明な水が流れ、自然を満喫できる景勝地・矢谷(やたに)渓谷をつくり出しています。矢谷キャンプ場には、岩場を流れ落ちる渓流の滑り台があり、若者に人気です。
山名の由来は、八方から見ても同じ形だから・・・ということですが、山頂の北西にはカニのハサミ岩と呼ばれる岩峰がそびえる異形の山容を見ると、首をかしげてしまいます。そんなことはさておき、山頂からの展望と紅葉もきれいな山ですが、盛夏には薄暗い森の中にナツエビネという珍しいラン科の植物を見ることができます。
この季節以外は矢谷キャンプ場を抜けて渓流沿いの道を広域林道に出て、八方ヶ岳の取付まで行くのですが、夏休みともなるとキャンプ場の駐車場はいっぱいになるので、今回は取付点の先にある養鱒場近くに車を停めて短いコースで歩き出します。駐車場から養鱒場の横を通り、八方ヶ岳林道へ左折して進むと、矢谷橋の横に登山口があります。
沢沿いの登山道には、「男滝」「女滝」などと名付けられた小滝があり、やがて水が流れ落ちる岩壁にかけられた長いハシゴが現われアドベンチャー気分です。下山の時は、毎回ここで靴を脱いで冷たい流れに足を入れ、涼を楽しんで帰ります。
足元には、オトシブミという小さな昆虫が、木の葉を上手に丸めて中に卵を産み付けた揺籃(ようらん=ゆりかご)を見つけました。夏は用心深く見ていると、筒状に丸められた揺籃が地面に落ちていたり、枝先に切り落とす前の揺籃を見つけたりします。
令和2年7月豪雨で林道も登山道も被害が出ましたが、豪雨で荒れた谷には目印がつけられ踏み跡もしっかりとついています。沢から離れて、急な坂を登りきれば鞍部になった穴川越(あながわごえ)に着きます。
これから先、道の様子が一変して懸崖にロープやハシゴが設置された箇所が現われます。巨岩奇岩を縫うように登る道は、コースの核心部となり慎重に足を運んでいきます。巨岩と原生林は、深山に分け入ったような趣きで私の好きな景色です。
尾根に登りきるとなだらかな稜線歩となり、班蛇口(はんじゃく)分岐を過ぎると、広場になった山頂に着きます。阿蘇、九重、祖母、釈迦岳、御前岳などゆっくりと展望を楽しんで往路を戻ります。
今回も、森の中にナツエビネを見つけることができました。エビネの中でこの種だけが夏に花をつけるので、この名前が付いたそうです。優雅にドレスをまとって森の中で踊る貴婦人のようにも見えます。希少な種ですので、盗掘や踏み荒らしがないように離れた場所から見ていただきたいと思います。
MAP&DATA
プロフィール
池田浩伸
佐賀県佐賀市在住。8年間NPOで登山ガイドや登山教室講師を務めた後、2019年くじゅうネイチャーガイドクラブに所属し、阿蘇くじゅう国立公園をメインに登山ガイドや自然保護活動を行なう。著書に『九州百名山地図帳』『分県ガイド 佐賀県の山』(山と溪谷社・共著)がある。
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