徒渉、落石多発の大雪渓を越え、残雪の毛勝三山へ

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

読者レポーターより登山レポをお届けします。bokさんは残雪の毛勝三山(けかちさんざん)へ。

文・写真=bok


みごとな五月晴れに恵まれた5月の半ば、私は仲間のハッチバック四駆の助手席で日本海を間近に臨む気持ちのいいドライブを楽しんでいた。行先は憧れの毛勝山の登山口。富山県側からの入山が基本であり、関東在住の私にとってはアクセスの面からそう簡単に計画できる山域ではない。今回は、長野県の友人宅での前泊を含めたお誘いにより、実現したものだった。

頸城(くびき)山塊を左に見ながらぐるっと回り込み、親不知(おやしらず)に至るといよいよ日本海が間近になり、思わず歓声を上げる。久しぶりの仲間と登山、さらに前泊の余韻もあって、二人ともワクワクした旅行気分だ。私がもつ毛勝三山のイメージは残雪期のみ踏破が許される山域で、かつ日本海側にさえぎるものがないことから、気象条件も厳しく、とても旅行気分で臨むような山ではない。悲壮感こそがこの山域にぴったりな感情であり、こんな高揚感の中で向かっていいのだろうかという不安もよぎるなか、魚津ICを降りていよいよ四駆は山懐へ入っていく。

冬季閉鎖が解除され、車は片貝山荘まで入れることができた。7時半過ぎの登山口にはすでに10台近く駐車されており、気持ちはハイキング並みに弛緩する一方だ。 準備を整え、1泊2日の荷物を背負い、林道を進む。まずは毛勝谷の巨大雪渓に取り付くことが第一目標だ。今年の雪の少なさはこれまでのレポからも織り込み済みで、今回は雪渓を登り切ったボーサマのコルで幕営し、毛勝山、釜谷山(かまたんやま)、猫又山(ねこまたやま)の毛勝三山を周回せずにピストンしてくる計画だ。

浮ついた気持ちが一変したのは林道をたどって約1時間、巨大雪渓に取り付く手前。雪解け水がゴーゴーと水しぶきを上げる流れを前に、私と仲間は徒渉点を探して右往左往していた。徒渉があるのはわかっていた。でもこんなに流れが強く、深いとは・・・。

雪渓取り付き前の膝上徒渉
雪渓取り付き前の膝上徒渉

結局40分ほどさまよった挙句、最も平らで足元が安定している砂防提を徒渉することにした。意を決して靴を脱ぎ、転倒に備えて腰ベルトを外して流れに踏み入る。たった数mの徒渉なのだが、膝を越える水量で一瞬の気の緩みも許されない。雪解け水の冷たさに我慢の限界を迎える中、なんとか対岸にたどり着くことができた。膝上徒渉、恐るべし。安堵しながらも、たぶんこれが私が徒渉できる限界であろうと思った。ひとりだったら間違いなく引き返すが吉。それも英断だ。そのあと、2回目の徒渉もなんとかクリアし、すでに空腹を覚えた我々は、早めのランチ休憩を挟んでようやく巨大雪渓の入り口に立つことができた。

これから挑む巨大雪渓を見上げる
これから挑む巨大雪渓を見上げる

第二の難関となる巨大雪渓。ここは落石の巣だ。左右からいくつもの谷が集まり、デブリがそこかしこに迫る。雪渓の先は稜線に続き、行くほどに細く、急峻に見える。すでに太陽は高く、暑い時間帯。おそらく夜明け前からスタートして登頂を果たしたらしいスキーヤー、登山者とすれ違う。雪の緩みを危惧したが、アイゼンがよく利く雪質に安堵し、仲間との涼しい雪渓登りを楽しむ余裕が出てきた。振り返れば雪渓の先に迫る日本海の水平線が、標高を稼ぐにつれて視界の左右へ延びていく。仲間が差し入れてくれたフローズンフルーツの酸味にも元気をもらい、巨大雪渓を順調に詰めていく。

登るほどに広がる日本海
登るほどに広がる日本海

再びの旅行気分を吹き飛ばしたのは、音もなく飛んでくる落石だった。先に気付いたのは仲間のほう。我々ではなく、後続のソロ登山者目がけて飛んでいく。その大きさ、エアコンサイズ・・・。

「ラーク!ラーク!ラーーーク!!!」

何度も何度も叫び、ようやく下を向いていた後続者が気付く。落石は勢いをつけ吸い込まれるように後続者に向かっていく。

「頼む、避けてくれ・・・!」

我々の心の叫びが届くわけもないが、後続者は直前まで軌道を見極め、間一髪で跳ね上がった落石をかわしてくれた。仲間と共に大きく安堵。後続者はその後、恐怖にしばらくへたり込んでいたように思う。もし当たっていたらと思うとゾっとする。そのあとはどんなに息が上がっても、常に意識を上部に向け、ジグを刻み、なんとか1500mほどの標高差を登り切った。細くすぼまったように見えた雪渓上部も実際は広く、その巨大さゆえの錯覚だったと知った。なんてワイルドな雪渓なんだ・・・。

コルで出迎えてくれる絶景
コルで出迎えてくれる絶景

6時間かけてたどり着いたコルでは、剱岳(つるぎだけ)と後立山(うしろたてやま)連峰の絶景が出迎えてくれた。雪で冷やしてきたビールで仲間と乾杯。これが山の醍醐味と言っても否定する人はいないだろう。テントを設営後、夕景を眺めに毛勝山ピークへ散歩。そこは針ノ木岳(はりのきだけ)から五竜岳(ごりゅうだけ)、白馬岳(しろうまだけ)を越えて栂海新道(つがみしんどう)まで、後立山連峰を眼前にずらりとそろえた大展望台だった。関東の人間にとって、後立山連峰を裏からすべて眺めることなど、この先も数えるほどだろう。そして反対側には登ってきた大雪渓、そして富山湾に沈む夕陽。涙が込み上げるのは、安堵か、感謝か。

毛勝山ピークより、富山湾へ沈む夕陽
毛勝山ピークより、富山湾へ沈む夕陽

翌日我々は、曇り空の中、雪とヤブをつないで猫又山までの稜線を歩いた。ライチョウにも会うことができた。コルへ戻り、テントを撤収したのは11時半。巨大雪渓の下りでは吹っ飛んできた炊飯器と中華鍋サイズの落石をかわし、前日よりさらに水量が増した徒渉をクリアし、ひと回り成長できたような充足感と共に旅を終えた。

こんなチャレンジングな山旅ができるのも、悲壮感が高揚感に昇華されてしまうのも、気の合う仲間の存在あってこそだ。自分自身と限られた装備のみで、できるだけ素の自然のなかに飛び込む。この時間と体験を共有できる仲間は、そのまま人生の友人と言える存在だと思う。そんな充足感すらも、山がくれるごほうびだと思わずにいられない。(山行日程=2024年5月18~19日)

二日目、毛勝三山縦走路を歩く(背景は五竜岳、鹿島槍ヶ岳、爺ヶ岳)
2日目、毛勝三山縦走路を歩く(背景は五竜岳、鹿島槍ヶ岳、爺ヶ岳)
稜線で出合ったライチョウ
稜線で出合ったライチョウ

MAP&DATA

ヤマタイムで周辺の地図を見る

コース

【1日目】片貝山荘~毛勝山~ボーサマのコル(参考コースタイム:10時間)
【2日目】ボーサマのコル~釜谷山~猫又山~釜谷山~ボーサマのコル~片貝山荘(参考コースタイム:9時間)

bok(読者レポーター)

関東在住で、山のことばかり考えているハイカー。赤線つなぎ、百高山、山スキー、季節限定ルートなど、少しだけチャレンジ要素を加えた山旅が好き。下山後の温泉、グルメも大事な旅の一部です。

プロフィール

山と溪谷オンライン読者レポーター

全国の山と溪谷オンライン読者から選ばれた山好きのレポーター。各地の登山レポやギアレビューを紹介中。

山と溪谷オンライン読者レポート

山と溪谷オンライン読者による、全国各地の登山レポートや、登山道具レビュー。

編集部おすすめ記事